第五傷 痛み、痛みを集めるために 第48話

 夜も更け、還太朗は零の家のソファに寝そべり、眠りに入ろとしていた。

 ぼーっとして天井のライトに入ったコバエを見つめていると、零の部屋が静かに開いた。


――トイレか?


 還太朗は気に留めず、ベットでねがえりをうった。

 暗闇に目が慣れてきた頃、突然部屋のライトが点いた。

 眩しさに襲われ


「うわっ」


と声を上げて、飛び起きる。


「還ちゃん」


「なんだよ、便所じゃないんか」


 零がソファに近づいて、床に座った。


「明日、の練習をしたいの。

 だから、保健室のロッカーに隠れてて。

 試しに戒田をやってみる」


「……ターゲットにやる前にバレたらどうする。

 ここで問題を起こすのはどうかと思う」


「大丈夫、殺しはしない。

 ただ、嫌な予感がするの。

 わたし、このままじゃ戒田に殺されるよ」


 耳を疑いたくなるようなおかしなことを、零は淡々と告げた。


「どういうことだ。

 なんで戒田が出てくる。保健室の先公だろ」


 還太朗は眉をひそめた。


「還ちゃん……言いたくなかったけど、わたし戒田とただの生徒と先生の関係じゃない。手を出されているの」


「は……?」


 突然の告白に言葉を失う。


――生徒と先生の関係じゃないって……つまり。


「なんでもっと早く俺に言わなかったんだよ‼」


「しー、夜だから声小さくして」


 零は還太朗の唇に人差し指を当てた。零の手を振り払えない。

 黙る他なくなる。


「だからね、何かある前に戒田に復讐をしたいの。

 いいでしょ、いままでいいようにされてきたんだから。ちょっと罰が当たっても、わたし何も悪くないよね?」


 すがるように零は言った。


「わたしがヤればバレない。ね? 還ちゃんはもしものためにロッカーに潜んでて。お願い、二人であいつを見返そう」


零の人差し指が震えている。


 腹の底からぐつぐつと煮えたぎるような怒りが湧いてきた。脳に火が着火されて、焼ききれそうだ。


 零の人差し指を掴む。


「ああ、復讐しよう。俺、なんでもするから」


「還ちゃん……」


 零の顔がほころぶ。


「今後は何かあったら早く言えよ」


「いいの。今回はわたしがアイツを利用していた面もあるから。

 沙々くんと付き合えたのは、アイツのおかげだから」


「付き合ってたのってマジだったのか……?」


 小耳に挟んでいたが、事実だとは信じていなかった。

 

「うん。仮だけどね。

 そのおかげでいっぱい集めれたし。

 それに還ちゃんがわたしを無視する法令を出してくれたおかげで、いじめられることもなかった。

 ありがとね」


 零が一瞬、恐ろしい妖怪に見えた。彼女はのためならなんでもする、そう再確認された。

 生唾を呑み込む。


「どうしたの?」


 還太朗は零を抱きしめずにはいられなかった。


――零をこんな風にさせたのは誰だ? 俺だ。


「還、ちゃん?」


「ごめん、ごめんな……無理させて……俺のせいで、俺の」


 還太朗の声が滲んでいることを察した零は、還太朗の頭を撫でた。


「そんなことないよ。

 還ちゃんのためだもん」


「零……零……」


――なんて俺は無力なんだ。零に頼りっぱなしで、こんな風にさせて……。


「自分は何もできない、とか思ってない?」


 図星を衝かれ、還太朗はハッとする。

 還太朗の沈黙はYESと言っているようにしか聞こえなくなった。

 零は愉快そうに笑う。


「何だよっ」


「還ちゃんは、わたしの隣に居て。

 還ちゃんのおかげでわたし、生きてるから。

 だから、還ちゃんもわたしのために生きてて」


「零……」


「それじゃあ、明日よろしくね」


「ああ、朝、保健室でな」


 二人はゆっくりと離れ、各々眠りについた。

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