第五傷 痛み、痛みを集めるために 第47話

「はい、治したよ。

 まったく怪我したところは全て話してよね。わたしたちのために」


「でも、流石に酷いのを治してもうらうのは……」


 還太朗は服を着ながら言葉を詰まらせた。


「何言ってるの? 計画があるでしょ。それまでに


「それ、本当にやるのか?」


 還太朗は零との計画が成功したら、零が自分から離れていってしまうのではないか、と恐れていた。


「ちょこちょこ練習してるから大丈夫。信じて」


「ああ、信じてるけど。その後はどうするんだ?」


「んー、ナイショ。わたしお風呂入ったから、還ちゃんも入りなよ。

 冷めないうちにさ」


 一世一代を賭けた質問だったが、かわされてしまう。


「わーった。残り湯で洗濯していいか?」


「うん、よろしく。

 ねえ、還ちゃんのお父さんはここに来てるの知ってる?」


「まあ……言わないと不良扱いされて面倒だから」


「合鍵、絶対隠してね。鍵の番号とかがバレたら、簡単に複製がつくれちゃうから。

 またあれが起きるのはヤダよ」


「もう起こさない。

 それにあっちが怖がってるから安心しろ」


「うん」


 還太朗は脱衣所で早々に全裸になって、シャワーを浴びる。

 高校生になってからは風呂に浸かることはなくなった。

 いくら幼馴染で相手が意識していなくても、還太朗の中では零は女性なのだ。

 零が入ったあとの風呂に浸かるのは、罪悪感などが酷い。自分が変態行為に走っているみたいで嫌なのだ。

 口の中が切れているので、排水溝に血を吐き出す。


 ふと考える。


――口の中を治すことを頼んだら、どう治すんだろ。

  舌を入れたりすんのか? いやヤメロ‼ 零でそんなことを考えるな‼

 

 還太朗はかぶりを振った。




 零の言う『あれ』とは、還太朗が食事を零の家で摂るようになった頃のこと。

 小学六年、四年前のことだろうか。

 還太朗の帰宅が遅く、還太朗の父親にそれを勘付かれた。

 そして零の家にいるということを特定された。


 零が一人で留守番をしている時、チャイムがなった。


「かんちゃん、今日は早いなぁ」


 零はチャイムを押した人間を還太朗と疑うことなく、喜んでドアを開けた。

 ところがドアの前にいる人物は目を瞠る人物だった。


「あんた、太刀川さんのところの零ちゃんだよね」


 酒臭さで鼻がひん曲がりそうになる体臭――還太朗の父親だった。

 ドアを閉めようとしたが、足を挟まれ強引にドアをこじ開けられた。


「ど、どちら様ですか?」


「俺だよ、還太朗の父親だよ、おじさんってこと」


 還太朗の父親だと零が気づけないほど、見違えていた。

 こんなに身だしなみが汚くなかったし、腹も狸のように張っていなかった。

 顔もこんなにぶくぶくと太っていなかった。


「……なんの用ですか?」


「いつも還太朗が世話になってるだろ?

 還太朗とはどこまでシたんだ?」


「どこまで?」


「だから、シモも世話になってるだろって」


 そう口にしながら、還太朗の父親は上着のボタンを外しはじめた。

 いやらしい目で舐めるように零を見て、唇を舐めた。

 背中に悪寒が走る。


「辞めてください‼」


 零はなんとなく嫌な予感が働き、還太朗の父親を突き飛ばした。


『さようなら‼』


 瞬間、零の瞳とてのひらが青く光を放った。


「何を――」


 力いっぱい突き飛ばしたが、還太朗の父親は微塵も動かない。 

 だが、還太朗の父親はその場で膝をつき、白目を剝いて倒れた。


「きゅ、救急車‼」


 零はすぐに家の電話で119番をした。




 救急車で運ばれている途中、車内で零は救急隊員にこう問われた。


「何か大きなショックや衝撃を与えたりした?」


「あの……急に家に入ってこようとしたので、突き飛ばしたんですけど、びくともしなくて。自分から突然倒れました」


 零は起きたことをありのままに伝えた。


「そっか、このおじさんはね、強いショックで心臓が一時的に停まってしまったんだ。君が救急車を呼ばなかったら、危ないところだったよ」


「そうですか……」


「急性心不全かもしれないね」


――急性心不全……強いショック……。


 この時、零はもう一つの力に気づいた。自分の小さな両手を見つめる。


  自分の治してきた怪我の痛みを、放出することができるのだと。


――これは、使えるかもしれない。





 病院に着いて、目を覚ました還太朗の父親は自分が倒れた経緯を思い出す。

 警察に零にやられたと相談したものの、小学生が起こせるはずないと相手にされなかった。


 それからだ。それから零を恐ろしい女と思いこみ、零に近寄らなくなった。

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