第三傷糸と、糸が事故を呼ぶ 第28話
「ん、このチョコ美味しい」
「だろ? そこのケーキ屋はチョコが絶品なんだよ。テレビでもちょくちょく見る」
「僕は初めて食べるかも」
「マジか……これで人生が二倍豊かになるな」
「……そうだね。豊かになるのはいいことだね」
「だろ?」
二人が話していると、きいろが戻って来た。
利一の顔を覗き込む。
「利一、どうしたの。わたしの悪口言った顔してる」
「言ってねーよ‼ どんな顔だよ」
「わたしにはわかるの」
含みを持った返事に利一がタジタジになる。
それが面白くてついそういう態度をとってしまう。
「自意識過剰じゃねーの?」
「そんなことないし。
だいたい利一が考えていることはお見通しなの。
「……うん」
何を思ったのか零は頷いた。
「ほらー、太刀川さんが言うならホントじゃんー」
「ちがうって‼ 太刀川さん‼」
ふふ。
利一ときいろは目を剝いた。
「太刀川さんが……笑った……」
零はすぐにうつむいて、口を一文字に結ぶ。
「おい、見たか沙々」
「うん、見た」
沙々は口にケーキを運ぶ。
「可愛いじゃん。いつもそうしてればいいのに。
なんか沙々って太刀川さんと付き合ってる感じしないなー」
「確かに。
なんか興味なさげだし」
「沙々くん、順序? があるみたいだから、かな」
「そーなの⁉
まだ手繋いでないとか⁉」
きいろは過剰なくらい反応する。
二人の溝を開けるために。
零はこくりと頷く。
「沙々ー、あんまもたもたしてっと逃げられるぜー」
利一が冗談めいて沙々を笑う。
「でも、お試しで付き合ってるから、まだお互い距離を測ってるのかも。
沙々は太刀川さんのどこか好きなの?
馴れ初め聞きたーい」
きいろがここぞとばかりに女友達を装い、詰め寄る。
意識的に意地悪な質問をする。
「……色んな面があるとこかな。
二人きりになると、お喋りなんだ。そういうとこ」
案外、沙々がさらりと答えたので、きいろは面白くない。
「へ、へー、太刀川さんは?」
「……わたしは、やっぱり優しいとこ、かな。
人が見ていないところでも、優しい。
馴れ初めも、わたしを助けてくれたこと、だから」
――内面かよ、外見を言うかと思ったのに。
この女、意外と策士かもしれない。
「えーっ、助けたって何から?」
「……意地悪してくる人、からかな。上手く説明できない」
――ちぇ、つまんねー。
「沙々もなんか言ってよ」
「ごめん、言わないでって太刀川さんに言われているから」
「そっかー。ちょっと利一、口の周り拭いて」
きいろはティッシュを二枚ほど取り、利一に渡す。
利一は言われて気づいたらしく、口の周りについている食べかすを乱雑に拭く。
「そーいや、沙々はずっと太刀川さんのこと苗字で呼んでよな。
あの日は、下の名前で呼んでた覚えがあるけど。
なんで?」
――いいとこ突いたぞ、ナイス利一‼
きいろは内心、ガッツポーズをした。
「ね、手順があるとしても、それは何か距離あるくない?
不自然ー」
利一に便乗して、沙々を責める。
「きいろ、今日どうかしたの?
そんなに僕が太刀川さんと付き合ってるのが気に食わない?」
図星を衝かれ、きいろは口に入れたばかりのケーキを噛まずに呑み込む。
バレないよう、すぐに取り繕う。
「そんなことありませんー。
大事な弟分を任せていい人か判断してるだけ。
気に食わないんじゃなくて、気にかけてあげているのよ、わかる?」
「きいろは過保護だなー。
まあ、俺も沙々が初めて彼女つくったから、一様心配してる。
お前、不器用だからなー」
悪意のない利一の同意見で、きいろの企てがバレずに済んだ。
きいろは胸を撫でおろす。
「……ごちそうさま。
僕たちには僕たちの進み方があるから心配しなくていい。
太刀川さんとちょっとコンビニ行って来る。
なんか欲しいものある?」
沙々は皿とフォークをシンクへ持って行った。
零も急いでケーキをかきこみ、シンクに出す。
「いいの? まだ沙々のお母さんがつくったケーキが残ってるけど」
沙々は一瞬、あっという表情した。テーブルにはまだ手付かずのフルーツケーキが並んでいる。
「いいよ。お腹いっぱい」
「そっか。
じゃあわたしいつものトマトジュースで」
「俺も」
「わかった」
「気をつけてね」
「いってら」
沙々は黒いフレンチコートを羽織り、零と家を出て行った。
きいろは今がチャンスだと、利一に話しかける。
「利一、お願いがあるんだけど」
正座をして、利一に身体を向ける。
「な、なんだよ、かしこまって」
ドキドキしている利一のことは知らずに、真っすぐに利一を見据えて、きいろは続ける。
「沙々と太刀川さんを別れさせてほしいの」
「はあ?」
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