第28話 引っ張りだこ


警察学校の2ヶ月はあっという間に過ぎて、4ヶ月間の交番での実践実習に戻った。


「おかえり真木巡査」と赤松が迎えてくれる。


「ありがとうございます、またよろしくお願いいたします」


交番勤務は依然と変わらず、そこそこ忙しいという感じだった。


依然と変わったのは、やはり見られている気がするということだった。


ある日の仕事帰り、

「お嬢さんよぉ、ちょっと飯でも付き合わねーか」とティアドロップのサングラスに黒のスーツ、金の派手な時計の背の高い男に声をかけられた。だいぶ鍛え上げられた身体だ。よくみると整った顔をしている30代半ばくらいだろうか。


こんな真っ昼間にナンパ?と黎明は思った。


「おいおい、そんなんじゃ怖がっちまうだろうよ」と、もう1人、来たのはこちらも大柄で、横にも大きい。しかし弛んで太っていると言う感じではなく、ただ大きい感じだ。身長は170越えくらいだが、大男という印象を受ける。


ああ、この匂い、自分のことを付けて来た人だ、と黎明は気付いた。


「なあ?」と言ってその男は黎明の肩に手を置いたかと思うと少し力を込めたので。黎明は素早く捻り上げた。


「いてて!いててててて!待った!待った!」そう言うと大男はもう片方の腕でやっとの思いで胸から何か出して見せた。


「俺も警察だ」警察手帳を男は見せた。


背の高い男はヘラヘラと笑っている。


「ちょっと試しただけなんだ」と冷や汗をかきながら言う大男。


「何の御用ですか?」と警察とわかってもなお不信感を手放せない黎明。


「嬢ちゃん随分肝っ玉座ってんじゃない、どう?マル暴目指さない?」


「トラさん、それはいきなり過ぎますって、ごめんね!本当に驚かせたりして!」

と、謝る若い方の男は先程と打って変わって気さくな雰囲気になる。


「いえ、でも配属は私が決めることではないので」と、黎明が言う。


「君ならどこでも希望通るだろうよ。成績ダントツじゃないか!」と大男が言う。


「はぁ…」


「まあまあこんなところで立ち話でも難だからそこの中華でもどう?もちろんトラさんの奢りで!」という若い方。


「おい!重丸!お前は自分で払えよ!」という大男。


「良いですが、まず夫に連絡させてください」という黎明。変に目を引いている。最寄駅でヤクザとつながりがあるとでも思われたら嫌だ。


するとしどろもどろになる大男。


「旦那には、どうぞどうぞそれはもちろん!でもお義父さんには黙っといてね」と言う大男。


「はぁ…」


そして渋々3人は町中華にはいるが、周囲の客にギョッとされて、黎明は肩身が狭くなる。そして哀れみを込めた目で自分を見ないで欲しい。


「何んする?」と聞かれたので、とりあえず日替わりを注文した。実はお腹が減っていたので嬉しい。


料理はあっという間に出てきた。


「俺は警視庁組織犯罪対策課の権田虎雄、そしてこっちが俺の相棒の重丸雄飛だ、よろしく」


「真木黎明です。よろしくお願いします」

一応挨拶をする。


「熱いうちに食いな」と虎雄。


「ではいただきます」と、黎明。餃子を頬張ると肉汁が溢れてとても美味しかった。場末感漂う町中華に1人で入る勇気がなかったのですこし嬉しかった。


「うまいだろ」


「はい」


「かわえーなー」と重丸。

チャラいなあと黎明が思う


「真木さんが可愛がるだけあるな」と虎雄。


「父のことを知っているのですか?」


「ああよく知ってるよ、長い付き合いだ」と言う虎雄。


「そんで、黎明はんはどこ希望しとんの?」と、重丸。


「生活安全課…でした」


「ほうほう、でした、と言うと?」


「ずっと生活安全課でしたが、最近向いていないと思うことが多く、考え直しています」



「なんかあったん?」と重丸


「もっと向いている方がいるなと思っただけです」


「そうなんや」


「最近違法薬物の取り締まりにだいぶ貢献したって聞いてるから、どうようち来ない?」


「私に務まるか」


「そんなんぴったりやないか!だって嬢ちゃん黒ヒョ…」


「バカタレが!それは禁句だ」と虎雄。

青ざめる黎明。


「真木さんと長い付き合いって言っただろ」

とニヤリとする虎雄。


ああ、なるほど。あれこれの始末をしてくださってたわけか。


「その節はご迷惑をおかけしました。ですが、どうか口外しないでいただきたく…」


「それは真木さんとの約束だから心配するな」


「まあ、やりがいはあるで!見た目はこんなやけど、ええ奴ばっかやし!」と重丸。


「まあ!前向きに検討してくれ!」と虎雄。


悪い人たちではなさそうだと思ったけれど、あの風貌の中には馴染めなそうだと黎明は思った。


その夜蓮にはまた心配をかけた。

夕食を食べながら、

「今日マル暴にスカウトされたって?」


「うん、トラさんって呼ばれてる人と重丸って呼ばれてる人」


「ああ、トラさんね」


「知ってるの?」


「ああ、親父の旧友だよ」


「そうだったんだね、黒豹の後始末もしてくれてたんだよね、きっと」


「はは、暴走族とか関わってる時はね」


「向いてるって言われた」

そういうと蓮は苦い顔をした。


「俺はお勧めしないけどね。危険すぎる」


「うん、あと馴染めそうにない」


「あそこに送り出すのは心許ないな」と蓮も言う。


「今1番どこ志望してるの?」


「警備か刑事かな」


「警備ってもしかして機動隊とか?」


「うーん…要人警護とか向いてるかなって」


「なるほどね、ボディガードやってたもんね」


「黎明ならどこでもやっていけると思うけど…」

そういう蓮は心配そうだった。黎明の可能性を狭めたくないけれど危険なことはしないで欲しいと思っていた。


「どこへ行っても無茶はしないから大丈夫」

そう微笑むと、


「うん、そうして」と言う蓮の顔はやっぱり不安が滲んでいた。


次の出勤では、交通事故の処理があり少し忙しかった。


それを遠くから見ていた者がいた。警視庁捜査一課のエース生駒春樹と、バディの鈴鹿理人だった。


「生駒先輩、あの人ですか?」


「ああ、そうだ」


「めちゃくちゃスタイル良いじゃないですか」


「どこ見てる」


「あんなに華奢でどこからパワー出てくるんでしょうね」


「そうだな、男顔負けの成績だったらしいがとてもそうは見えないな」


「もうマル暴が目を付けてるみたいですよ」


「知ってるよ、警備部も能力のある女性を欲しがっている」


「本人は生活安全課希望らしい」


「刑事課じゃないんですか?」


「ああ、キャリアも蹴ったらしくあんまり上昇志向が高いタイプじゃない」


「違法薬物取締で大活躍だったのに?」


「そうだな、どんな奴なのかいまいちわからない」


「接触してみては?」


生駒は優秀な人間が入ってくれば自分のメリットになると言う反面、脅威にもなり得ると思っていた。


「刑事になる気のないやつは最初から願い下げだよ」


そう言う生駒だったが、結局次の日に接触を試みた。


勤務時間が終わって帰ろうとした時、綺麗な二重のぱっちりとした目にすらりとした鼻筋、そして蓮には及ばないが高身長のスーツ姿の男性が黎明に声をかけてきた。


「真木巡査ですよね?ちょっとお時間いい?」と聞いてきた。その爽やかな笑顔に普通の女性だったら靡かない者はいないだろう。しかし残念ながら黎明は美形には慣れていた。


「はい、そうですが何か?」


「警視庁捜査一課の生駒春樹と申します。配属に悩んでるって聞いて少しお話できたらなと思って」そうにこやかに言う。


「はあ…」と困る黎明。


「まだ食事していなかったらどう?」


ぎゅるぎゅる〜


黎明は赤くなる。


「ハハッお腹減ってるみたいだし!近くにおすすめのお店があるんだ!この時間ならまだ空いてるはずだよ!」と、笑顔で言われると、断りにくい。しかも役職が上の人から言われたら断ったら失礼になってしまう。ハラスメントでは?と思ったが、ここでそれを言えばまずいことになる。


「ありがとうございます、ですが夫に連絡を入れさせてください」結婚してるんだから普通に許されるだろう。


「ああもちろんだよ、心配させるようなことは何もないけれどね」と言う。


そして連れて行かれたのは、駅ビルのイタリアンだった。駅ビルなら警戒しにくいし、女性に人気のこの店は良いチョイスだ。


蓮にすぐに連絡を入れると

「誰?」

と来たので、


「捜査一課の生駒春樹さんて人」

と送ると、


「1人?」


と聞かれた。


「うん」

と、送り一応場所のURLも送った。


そこから蓮の返信はなかった。仕事中だろう。


生駒、仕事はできるが野心家で自分にライバル心を燃やしていたのを蓮は思い出した。


「ここは何を頼んでもあまり外れがないと思うよ」と言う生駒。慣れた感じだ。


当たり障りのない世間話をすると配属の話になったので、虎雄たちにしたと同じような話をする。


真剣な感じの顔で親身になって聞いてくれているようだが、なんか違和感があるなと黎明は思う。探られている感じがする。


そのほかにもなぜキャリアじゃないのかとか、人事面接みたいなことを聞かれた。


黎明が緊張したのに気付くと、


「ごめんごめん、そんなに緊張しないで、面接じゃないから」と笑う生駒。


黎明も刑事の仕事のやりがいとか当たり障りのない質問を投げたりして、OB訪問みたいな状況になる。


セットのデザートが来たあたりで生駒が切り出す。

「何で麻薬を持っているってわかったの?」


「ご指導いただいている赤松警部補の言われた通りに怪しいと思う人に声をかけていました」


「そう、でもね。君が職務質問して何もなかった人、後から麻取に捕まってるんだよ」


「…それは、特定のクラブから出てきた人に声をかけていたからで、そこのクラブで薬物が横行していたからでは?」


「そのクラブ、最初に君が捕まえた男がいたクラブとは別なクラブだよね?なんで怪しんだの?」


「それは、別なクラブを取り締まったら元々そこで薬物を使っていた人は別なところに移るかもしれないと思ったからです」


「なるほど、良い勘してるね、それじゃあ覚醒剤のスーツケースの男は?あれ、スーツケース開けたんだってね、そして逮捕術もすごかったとか、彼格闘技経験者だったよ?」


「それは…」


「どうも、うちの妻に何か御用でしたか?」

黎明は肩に温かい手が置かれたのを感じて、ハッと斜め上を見上げる。なぜ蓮が?


「これはこれは、真木先輩!ご無沙汰しております」


「久しぶりだな生駒、元気そうだな」


「はい、おかげさまで」


「先輩今神奈川県警でしたよね?今日はどうしてこちらへ?」


「本庁に用事があってこっちにきてたんだよ、ついでに可愛い妻を迎えに」そう言ってキラースマイルを向ける。


突然入ってきた俳優のような美形に店が騒めく。


「そ、そうでしたか、今日は配属の相談に乗れたらと思ってお話ししていたところでした」


「そう、話は終わった?」

蓮の声のトーンが少し落ちる。


「はい…」


「じゃあそろそろ返してもらって良いかな?」蓮は穏やかに言うが目は笑っていない。


「もちろんです」と答える生駒は何を考えているかわからない表情だ。


「あと、断れない関係性で女性を一対一で誘うのはハラスメントと捉えられかねないよ」


「…」


「帰ろうか、黎明」と打って変わってスイートな声で言う。


蓮は伝票を取ると、生駒の分まで払うと黎明を連れて出て行ってしまった。


何事かと客たちがチラチラと見ていて生駒は苛立った。


真木蓮は隙のない奴だった。どんな女が近づいてきても全く相手にしなかった。なのに何だあれゾッコンじゃないか。俺に牽制までして。


黎明の方は、たしかに近くで見るとそこら辺にいないタイプの驚くような美人だった。


大抵の女は自分が食事に誘ったり笑いかけたりすれば簡単なのに、押しに弱そうな割に意外とこちらも隙がない。

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「蓮、怒ってる?」繋がれた手が少し冷たい。


「怒ってないよ」


「嘘」


「うちの奥さんには敵わないな、生駒にはちょっと怒ってるよ。あと黎明には自分の魅力に自覚を持ってほしい」蓮は困ったように笑う。


「生駒さんはそういう目で私を見てないと思うけど、軽率だった、ごめん」


「断れないようなやり方する生駒が悪い。今度は断って良いんだよ。もし何か不利益になるようなことがあったら俺が何とかする」


「うん、ありがとう」


「俺は仕事に戻らなきゃならないけど」

と蓮は名残惜しそうな顔をする


「うん、来てくれてありがとう、家で待ってるね」


「ああ、黎明に会えたから午後も頑張れそうだ。また後で、ゆっくり休んで待ってて、お疲れ様」


「ありがとう、行ってらっしゃい」


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