第25話 警察犬
12月の半ばごろの夕方、忘れ物をめぐるトラブルで黎明と赤松が交番近くのコンビニエンスストアに向かった。
中国人の女性がコピー機の近くに忘れたパスポートをパキスタン人男性店員が無くしたと言うので、中国人の女性とコンビニエンスストアに向かったのだ。
中国人女性は日本語が話せず英語でパキスタン人男性にいろいろと話すのだが、パキスタン人男性は少し日本語ができる程度で英語がほとんどわからない。コミュニケーションが取れずに埒が開かなくなっている状態だった。黎明もパキスタンの公用語であるウルドゥー語はわからなかったのでゆっくり赤松が日本語で聞き取りをするのを待っていた。
店長は日本人であったが、英語も中国語も出来ず、英語で捲し立てるように話す中国人女性をすっかり警戒して敵対的になっていた。
赤松がゆっくり話を聞くと、どうやら忘れ物ボックスに入っていたパスポートを何かのタイミングで紛失してしまったということであった。
中国人女性は当然怒るわけだが、黎明はそもそも無くした本人に責任があるのだし、再発行すれば良いのだからそこまで怒らなくても、と思った。
しかし、赤松はゆっくり中国語でその女性に話をした。どうやら結婚したばかりのパートナーとの新婚旅行の記録がパスポートに残っていたと聞き出した。なるほど、それならショックな気持ちがわかるかもしれないと黎明は思った。
中国語で穏やかに話す赤松に少しずつ彼女も心を開きはじめた。そして、最後には
「そんな大事なものを置いてきちゃった私も悪かったわ」と、中国人女性は納得したようで、再発行の費用だけコンビニエンスストア側が負担するというので話が落ち着いた。
黎明は赤松を尊敬した。警察官はただ事務的なことだけするのではなく、相手の気持ちに立って話をすることも大切なのだと学んだ。そして、今回、言語の壁によってトラブルが悪化していた。しかし母国語で思いやりを持って話しかけることで相手の心が開き、トラブルが解決した。黎明も言語ができるだけでなく、赤松のように相手の目線で対応できるようになりたいと思った。そして、ウルドゥー語を学ぼうとも決めた。
コンビニエンスストアからの帰りであった。
黎明は前から歩いてくる男性のスーツケースから強い覚醒剤の匂いがすることに気がついた。
「赤松警部補、あの人怪しいです」
黒字にグレーの光沢のあるストライプのダブルスーツ、ホスト風に見えるが赤松にもシルバーのビジネス風スーツケースが浮いて見えた。
「そうかもね、職質かけようか」
赤松が声をかける。
「またですか、俺歩くたびに職質かけられるんすけど〜」とヘラヘラと笑う男。
「ご職業は?」
「見ての通り、ホストでぇす」
と、気怠げに答える
「今日は何の用事で?」
「ちょっとお客さんに会いに〜」
「どんなお客さん?」
「そりゃあ言わなくてもわかるでしょーよ」
「女性かな」
「当たり前よ」
と眉を上げる男。
「身分証見せてもらっていい?」
「はいはいどーぞ」と、見せる男。
「どうもありがとう、ところでそのスーツケース何入ってるの?」
「これからお泊まりデートだから」
黎明は嘘を見抜いた。
赤松が
「中、確認させてもらってもいい?」
と聞くと、
「ええやだえっち〜、これからお楽しみなの、わかるでしょ?」と、ハートマークが付いたような話し方をする。
「スーツケース、開けてもいいですか?」と聞く。
「これ任意でしょ?開けられるものならどーぞ」とヘラヘラと笑う男。
スーツケースにダイヤル式の鍵がかけられていることを確認すると、
カチカチ、カチ、カチカチ、カチカチ…
と、黎明がダイヤルを回す。素知らぬ顔で横を見ている男。
カチャリ
黎明は鍵を開ける。赤松は仰天するが、男は余裕で余所見をしていてまだ気付いてない。
ズズッとスーツケースのファスナーを開ける音でやっと男が気付いて、走り出す。
ハッと気付いてスーツケースを開けるとみっちり詰まった白い粉の袋。
「真木巡査!確保!」
「はい!」
男は運動神経が良いのか、全力疾走してあっという間に歩道を走り抜けたかと思うと、ガードレールを飛び越して反対側の道路に走り抜けた。
黎明もガードレールを飛び越えて走るが、人が多い。男は通行人を乱暴に押しのけながら走る。
ああ、煩わしい!そう思うが交通量が多く、車道を走って追いかけることはできない。
タンっ!黎明は飛び上がると、ガードレールの淵に飛び乗り、さらに数メートル先の電柱に飛び上がり、勢い良く電柱を蹴り上げると、上から男に飛び乗り、地面に叩きつけて確保する。
通行人が突然降ってきた婦人警官に仰天する。
「真木巡査!真木巡査!」そう言って、息を切らしてやってくる赤松。
女1人くらい力づくて何とかできると抵抗する男だが何故かびくともしない。
「抵抗は無駄です」そう言う婦人警官からは恐ろしい威圧感を感じる。時々店に来る若頭より怖いのは何故だろうか。
その後所轄の捜査官が到着して男は連行される。白い粉の入ったスーツケースも持って行かれた。
「真木巡査、どうやってスーツケース開けたんだい?」
「ダイヤルを回すと微妙に音が違うんです。前に自分のスーツケースの鍵を開けていて気付きました」
「そうなの?気づかなかったな」と赤松は言う。
「それと、あの逮捕術はなに?」
「通行人が危険に晒されてると思いやむを得ず…すみません」
「いや、忍者みたいだったよ」
「はは」
忍者と言ったが、どちらかというと上から被疑者に飛びついた姿は草食動物に飛びかかる虎が何かのようだったと思った。
その後の調査で男は荒川組の下部組織の運び屋だったことが判明した。
研修中の警察官が立て続けに違法薬物の犯人確保に貢献したということで、黎明は警察犬というあだ名がついた。
広報でも“新人警官は警察犬!?”というテーマで取り上げられて、黎明は一躍有名人となった。蓮に笑われたのは言うまでもない。
その頃からだった、黎明は見られているように感じることが多くなった。そして、ある日の仕事帰り、付けられているように感じたので、路地裏に入り壁をつたってビルに登るとビルの屋上に隠れた。
「ちっどこ行きやがったんだよ」という男の声が聞こえた。
この前大規模な摘発に関わったせいかもしれないのでしばらくは気をつけようと思う黎明だった。
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