第5話 最初のお客様

「おやっさん、女将さん、お世話になりました!」


 頭を下げて、俺を拾ってくれて世話をしてくれた夫婦に頭を下げて見送る。


「後は頼んだぞい。リュウなら、必ず成功すると思うでのぉ。自分のやりたいようにやってみることじゃな」


「はいっ! おやっさんの味、続けていきます! そして、自分の料理も、認めさせてみせます!」


「その意気じゃ。今度、食べに来るでのぉ」


「お待ちしてます!」


 膝を曲げ、膝に両手をつき。

 頭を下げた姿勢で見送る。


 俺が店主になる当日の朝、おやっさんと女将さんは新居へと移っていった。


 これで、この店が成功するのも、失敗するのも俺の腕次第だ。

 少なくないプレッシャーを感じるが。

 俺ならできると信じている。


 おやっさんの味は限りなく同じ味を出せるようになった。

 この味なら店に出していいというおやっさんのお墨付きだ。

 

 暖簾も作った。

 依然考えた通り、人の輪を大切にしたい。

 漢字で書くよりひらがなの方が、インパクトがあるだろう。


 これからこの店は食堂『わ』だ。

 店の中に下げてある暖簾の真ん中には筆で描いた文字が存在感を放っている。

 我ながらいい感じにできたのではないだろうか。


「今日から、よろしくお願いします」


 サクヤが頭を下げながらこちらへ歩みを進めてくる。

 二人とは相談して一日交替で店のホールスタッフとして働いてもらうことにした。

 いきなり毎日では疲れてしまうだろうから。


 何せ、昼営業は11時から14時までだが、夜営業は17時から20時までは夜営業だ。

 その間の14時から17時まではこども食堂をする。

 一日三時間だけしかできないことになるのだ。


 そこは徐々にやれる時間を増やしていこうと思う。

 朝の時間や夜20時以降も開けたらいいなと考えてはいる。

 ただ、いきなりハードにやるとこちらがもたないかもしれない。


 だから、まずはできるようにやるところから始める。

 イワンとリツには腹が減ったらこいと言ってあるから。

 誰にでもそうできたらいいのだけど。


 それはおいおいやっていきたい。


「おう。頼む。ただな、無理はしなくてもいい。嫌なことをされたり、言われたりしたら俺に言え。対応するから」


「はい。お気遣いありがとうございます。ウチはちょっとやそっとのことでは投げ出しません」


 これまでも辛いバイト先でやってきたんだもんな。

 それはわかるが、これ以上辛い思いをしてほしくない。


「俺がな、サクヤとアオイがうちで働いて嫌な気持ちになるのは、嫌なんだ。楽しく働いてもらいたい」


「楽しく働く、ですか?」


「そうだ。働く楽しさを知ってもらいたい。夜は酔っ払いの対応になると思う。嫌なことをされたらすぐに言ってほしい。そいつは次にやったら出禁だと告げるから」


「ふふふっ。わかりました。ありがとうございます」


 そのサクヤの笑顔は妖艶で、男性客を引き付けてしまう魅力をはらんでいた。

 俺はこの子達を守りながら店をやっていかなければならない。

 その為には店に来る客が減ったとしても仕方がない。それが食堂『わ』なんだと知ってもらうしかないな。


 店の中へと入り、最後の仕込みに入る。

 昼営業では各メニューを五食ずつ用意している。

 ただ、人気があったというトロッタ煮は十食用意したから、足りるといいのだが。


 会計は、サクヤがやる。細かい計算は難しくてできない。だが、この食堂はすべてのメニューを小硬貨五枚にした。それだと計算がしやすいからだ。


 おやっさんの時は六枚や七枚のものもあったが、一律五枚にした。これもお客さんを引き付ける要素になるといいのだが。まずは、入ってもらわなければ話にならないけどな。


「よし、開店だ。暖簾を出すか」

 

「はいっ!」


 元気のいい返事をしたサクヤが暖簾を外に出してくれた。

 すぐに中へ入ってくると思ったら、予想外の行動に出た。


「このお店は、本日新しくオープンしまーす! 前に出していたメニューもありますしー、新メニューも沢山ありまーす! ぜひ食べていってくださーい!」


 店の前で大きな声を出して呼び込みをしてくれたのだ。こんなことができる子だとは思わなかった。あまり目立ちたくないのかと思っていたから。


 親心のようなものが芽生えていた俺は、それだけで気持ちが込み上げてくるものがある。


「お客さん、たくさんくるといいですね!」


「そうだな。呼び込み、ありがとな」


 暖簾を横へずらしながら、中へと入ってきたサクヤ。

 動揺を悟られないように仕込んでいるフリをしながら返事をする。

 こんなことで込み上げていたら、これからどうするんだ。


 お客さんは、すぐにきた。


「ここって、前の親父はやめたのか?」


 やってきたのは、常連客らしい壮年の男性だった。

 冒険者や兵隊が多いこの街では珍しく、普通の格好だった。

 非番だろうか。


「引退しました。自分が店を引き継いだんです。よかったら食べていただけませんか?」


「そうなのか。残念だな」


 引き返そうとする男性。


「もし、お気に召さなかったらお代はいりません」


 そう声をかけると渋々中へと入り、席へ座った。

 一目散に奥の角席へ着いたところを見ると、そこがいつもの席なのだろう。


「いらっしゃいませ! ご注文は何になさいますか?」


「トロッタ煮ちょうだい」


「はい! トロッタ煮でーす!」


「あいよ!」


 ある程度に詰めていたトロッタ煮を再度コンロにかけて温めていく。最後に刻みショウガを上に乗せて完成だ。料理を出すまで五分。出すまでの目安はそのくらいにはしておきたい。


「持ってってちょうだい!」


「はい! トロッタ煮でーす!」


 香ばしい醤油の香りが店の中へ広がる。

 湯気を上げながら運ばれた器は壮年の男性の前へと置かれた。

 観察するように眺めて、煮込まれたトロッタに箸を入れる。


 ホロリとほぐれたトロッタを見て「おぉ」と声を上げている。

 箸を口へと運び、味わっている。

 どうだろうか。自信はあるが、お客さんの口ではどう感じるのか。


「これだよ。これ。ダンナ。これ前、よりうまいよ。この上にのってるのがさっぱりしていいね」


「有難う御座います」


 ガッツポーズを出したい気持ちをグッと堪えて礼を言う。

 これなら、絶対お客さんは来てくれる。

 そう、確信めいたものを感じていた。

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