武侠侍入道

宇治鏡花@

プロローグ

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 頬を伝うのが何なのかよりも、今目の前の光景に我を忘れそうになる。

 言ったでしょ、生きて帰るってと、相棒は俺の頬を触り力なく笑う。

 俺に覆い被さるように倒れた彼女を震える手で初めて抱き締めた。

 この感情が何なのか分からなかった。

 でも、これからも一緒に居るのだと、そう思っていた幻想が粉々に霧散するのを感じ、内から湧き上がる感情に声を張り上げそうになる。

 頬を伝う液体を触り、そして目の前で目を閉じようとしている風切優香は「貴方を愛している」と言い、幸せそうに瞳を閉じた。

 頬に感じた感触もなくなり、力なく俺の胸で眠っている相棒を揺らせども起きなかった。

「いつまで、寝ている、つもりだっ?」

 敵の銃声と攻撃が止み、撤退する音。

 どうやら俺達が死んだと判断したらしい。

 まだあたたかい、彼女の身体を抱き締めたまま。

 見下ろす男へ、殺意と悲しみでグチャグチャになった思考で睨む。

「な、んで、だ?」

 歯をガチガチと震わせ、途切れ途切れになった言葉で言えたのは疑問とお前が裏切るのかという疑念。

「愛って金じゃ買えないって事だ。信頼も信用も、この世界じゃ金があれば叶えられる。が、どうも愛って奴は金じゃ無理だった。だから壊した。貴様はどう思っていたのかは知らないが恋い焦がれた風切を、振り向いてすらくれなかった優香を見るのは辛かったな。覚えておけ、貴様は彼女の尊い犠牲の上に生き延びた。忘れるなよ?」

 黒衣の白髪の男は、憂いを宿した瞳で俺と優香を見る。

「ごろじ、ごろじ!!!」

 言葉をまともに言えないなかでも俺ははっきりと戦友に言う。

「構わんよ、敵討ちでもすればいい。私はそれを望む。故に貴様を見逃すのだから。時間だ、後は好きにしろ大河。拾った生命をどう扱うかは貴様の相棒を見て決めるがいい」

 白髪の男は最後に優香の手を掴んで何かを呟くと、そのまま振り返ることもなく去っていった。


 ✝



 武侠侍入道ブキョウサムライニュウドウ


 第一章 千葉狂想曲


 歌舞伎者来たりて、候。








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