第20話 初めてのダンジョン探索

 次の日の試験に向けて早めに就寝した私達は、日付が変わって間もない3時頃に目を覚ますと準備していた物品に問題ないかを再度確認し、集合時間である4時半に間に合うようヒスイさんたちの家を出発する。

 そして、まだ日が昇らない薄暗い街中を5人で歩きながら北門へと到着すると、既にジークムントさんとバスほどではないが10人ほどが乗れそうな大きさの動力車が私達の到着を待ち構えていた。


「さて、全員揃ったな。それじゃあ試験会場となるダンジョンまで移動するぞ」


 ジークムントさんがそう告げた後私達は各々動力車へと乗り込みむとそのまま2時間ほど揺られながら(正直最初は初めて乗る動力車に興奮して外の景色を見ていたのだが、30分も経つ頃には眠気に負けて寝ていた)目的のダンジョンまで辿り着く。


「それじゃあ改めて今回の試験の説明を行う。内容はいたって単純で、本日の21時までにこのダンジョンのボスを討伐して帰還すること。そのため、ダンジョンボス討伐後に出現する転移魔方陣以外で入り口まで戻って来た場合はリタイアとみなして失格とするから、今の実力で踏破が難しいと感じた場合は無理をせずここまで戻ってくること。いいな?」


 ジークムントさんにそう問われ、私とマリアは同時に肯きを返す。


「それと、一応試験官としてヒスイとコハクの両名が同行するが2人は基本的に手を貸さないが、命の危険があると判断した場合は問答無用で介入することになる。だが、不測の事態を除いてこの2人が手を貸した場合は実力不足とみなして不合格になるものと思ってくれ」


「一つ、質問を良いじゃろうか?」


 ジークムントさんの説明に、マリアはすっと手を挙げるとそう問いかける。


「なんだ?」


「不測の事態を除いて、と言ったが、それは具体的にどのような事態が対象となるんじゃろうか?」


「そうだな……例えば普段はいないような上級の魔物が出現したり、とかだな。あと、最近このダンジョンで妙な魔物と遭遇して負傷したハンターがいた、って報告もあったから、そういった正式に認可されていない何らかの事象が生じた場合は不測の事態とみなそう」


「なるほど……承知したのじゃ」


「他には何か質問はあるか?」


 ジークムントさんの問い掛けに、私とマリアは同時に首を左右に振って質問が無い意志を伝える。


「よし。それでは07:00マルナナマルマル時より試験を開始するから、ダンジョンの入り口で準備するように」


 そう告げられ私とマリアは今いる洞窟の奥、巨大な岩の影に隠されるように設置された地下へと降りる階段の前にマリア、私の順で並んでスタートの合図を待つ。

 そして、懐中時計を見つめていたジークムントさんが「それではこれより試験を開始する!」と告げるの同時に一気に階段を駆け下りた。


 階段の先は人工的な石造りの通路となっており、足元も綺麗に整備されていて歩くのに苦労することもなければ通路の天井、幅も十分な広さがあるので私とマリアが並んで戦ったとしても問題ないスペースが確保されていた。

 正直、ダンジョンによってはとても狭い通路を進むこともあるのでそうなると大斧を扱うマリアはほとんど戦闘で役に立たなくなってしまうし、逆に荒野や森林と言った形状の開けたダンジョンであれば周囲への警戒に神経を使わなくてはいけないのでこれぐらいの規模のダンジョンが初級用とされるのも納得である。


「それじゃあ予定通りマリアを先頭に、私が後ろに続く形で進もうか。一応事前に仕入れた情報だと2階層までは通路に仕掛けれた罠とかも無いみたいだけど、何があるか分からないから一応を警戒しながら進もうか」


「フッ! 我が力を持ってすれば罠など恐るるに足らず! まあ、アリスはしばらくの間、我がことごとくを薙ぎ倒して切り開いた道を堂々と歩いて進が良い!」


「はいはい、頼りにはしてるけど張り切り過ぎて変な罠に引っかかったりしないでよ。それではこれから最下層を目指して探索を開始しますが、問題ありませんか?」


 一応少し離れた位置から私達を見守っているヒスイさんたちにそう声を掛けると、ヒスイさんは「まあ、あたしたちはいないものと思って進んでもらって構わないわ。一応あたしたちは何度も来てるダンジョンだから、どこに何があるかはちゃんと把握しているし」と返事をもらったので、私はマリアに「じゃあ行こうか」と声を掛けてダンジョン探索をスタートするのだった。


 それからしばらく時間が過ぎ、情報通りの弱い魔物たちを苦戦することなく次々に蹴散らしながらメモ帳にフロアの形状をメモし、順調に進んでいた私達はこの階層の終着点と思われる大きな扉の前まで辿り着いてた。

 一応、ダンジョンの最深部にはこのダンジョン最強の魔物が陣取るボス部屋と呼ばれる部屋があるのだが、それはダンジョンボスだけに限らず各階層の終着点にその階層を守護する階層ボスと呼ばれる魔物が存在し、その魔物が陣取る各階層ごとの最奥の部屋も変わらずボス部屋と称されている。

 強いて言えばダンジョン最下層のボス部屋を大ボス部屋、階層ごとのボス部屋を中ボス部屋と呼ぶこともあるが、どちらもフロアの最下層にあって強大な魔物が存在することから本質は同じ目的で設置されている部屋だと考えられている。

 因みに、このボス部屋は一度攻略したメンバーが入ってもなぜか同じボスは出現せず、いったんダンジョンの外に出て1日経過するか違うメンバーで訪れない限り階層ボスと再び戦うことはできないため、道中に出てくる魔物に比べて大きい魔核を落とすにも関わらず好き好んで何度もこのボスを倒しにダンジョンに潜る冒険者は少ないのだ。


「ええと……この1階層のボスはクモ型の魔物でキラースパイダってやつみたいだね」


 私が昨日立ち寄った情報屋から事前に仕入れていた情報のメモを見ながらそう告げると、虫が苦手なマリアは露骨に嫌そうな表情を浮かべながら「なあ、このボスと戦わずに次の階層に行く手段などないんじゃろうか?」と問い掛けてくる。


「無理じゃないかな。一応大規模なダンジョンには階層ボスが2体いてルートが分岐する場合もあるみたいだけど……このダンジョンではそういったやつはないみたい」


「だ、だがこの先にも道が続いておるではないか! なれば、この先にまだ発見されていない未知の通路が隠されている可能性だってあるのではないか?」


「ないと思うけど……一応見ていく?」


 私がそう尋ねるとマリアは全力で肯きを返して来たので、一応目線でヒスイさんたちに問題ないかを尋ね、ヒスイさんとコハクさんが揃って『口出しはしないからお好きにどうぞ』と言った感じの目線を返して来たので私は軽いため息を吐いた後、「それじゃあこの先の通路を確認して何も見つけられなかったら大人しく階層ボスに挑むからね」とマリアへ告げる。


 その後、私達はボス部屋を通り過ぎて続く通路を進み、5分ほど進んだところで案の定行き止まりへと辿り着く。


「ほら、やっぱり何もないじゃん」


「ムムム……。いや、まだ隠し通路の可能性も!」


 マリアはそう告げると行き止まりの壁まで素早く近づき、3方を囲う壁や床を叩いてみたり耳を押し当てて見たり様々なアプローチで隠し通路がないか探していたが、結局それらしい痕跡を見つけることができずにがっくりと肩を落とす。


「さあ、時間にある程度余裕があると言っても無駄にはできないから早く行こ」


 通路の脇に落ちていた石をころころ転がしながらいじけるマリアにそう告げるが、未だ苦手な虫系の魔物と戦うのを渋るマリアは「我の感が、この階層には未だ発見されておらぬ未知の通路が隠されていると告げておるのに」といじけて動こうとしない。


「はぁ。……ねえマリア。この先には硬くて魔法も効きにくいゴーレムなんかも出てくるみたいだし、その時は私はあまり役に立てないからこの階層のボスは私が一人で戦っても良いかな?」


「ムッ。しかし、それでは—―」


「私達は2人で1つのチームでしょ? だから、どちらかが苦手な状況の時にはもう一人がカバーすればいいんだし、絶対2人が同じだけ活躍しないとダメなんて決まりはないんだよ。それとも、マリアは私の実力を信用できない?」


「そうなんわけないじゃろ! ……わかった、この階層のボスはアリスに任せよう。だが、アリスの身に危険が迫るのであれば我も覚悟を決める故、安心してボスに挑むがよい!」


 ようやく調子が戻ったらしいマリアに私は苦笑いを浮かべながら、「それじゃあさっさと戻ろうか」と声を掛けると先ほど通って来た通路へ視線を戻し、呆れた表情を浮かべながらこちらを見守っていたヒスイさんに『こんな序盤でぐずついてしまってすみません』と頭を下げる。

 しかし、ヒスイさんは『別に気にしてないから自分たちのペースで進みなさい』と言いたげな視線を返すだけで言葉を発することはなかった。


 そして、私が歩き出そうとした直後に背後(しかも頭上の方)から何か固いものがぶつかる音と同時に『カチリ』と言う何らかのスイッチが入ったような音が聞こえて慌てて背後を振り返る。

 するとそこにはおそらく先ほどいじっていた石を天井に向けて投げ捨てたのであろう姿勢のまま固まるマリアと、その足元に広がる光る魔方陣が目に入った。


「すまん、アリス。やらかしたかもしれぬ」


 そうマリアが告げた直後、突然巨大化した魔方陣の光に私とマリアの体は飲まれ、ヒスイさんとコハクさんが何かを叫びながらこちらに駆け寄る気配を感じる。

 だが、一番近くにいたヒスイさんの手が私の手を掴んだ直後、奇妙な浮遊感と共に私とマリア、それにギリギリ私の手を掴んでいたヒスイさんは発動した転移魔法の光に飲まれて何処かへと飛ばされてしまうのだった。

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