第12話 迷宮都市ファンタズム2
「おお! あれがモノレール、とかいうやつか!」
改札を出てしばらく進んだところで私達は今いるセントラルステーションから行政区まで移動するため、コハクさんの先導で『モノレール』と言う都市内を巡る移動手段を利用するために移動していた。
その途中、視界が開けた通路である程度遠くまで迷宮都市の街並みを見渡すことができ箇所があり(そこまで高さが無いので見渡せると言っても限られた範囲ではあるのだが)、空中に張り巡らされた鉄のラインをぶら下がった小さな列車のような物が進んでいくのを見つけ、相変わらず瞳をキラキラと輝かせたマリアが興奮気味に隣にいたヒスイさんに話掛ける。
「ええ、そうね。このファンタズムはかなり広いから歩いて移動しようと思うと端から端まで移動するのに丸一日かかると言われているわ。だから、このセントラルステーションを中心に各区画を結ぶラインと、セントラルステーションを囲うように区分けされた8つの主要な区画を円形で結んだラインをモノレールで移動するのが基本になってくるのよ」
もはや初対面の険悪さなど忘れ去ってしまったかのように自然に会話する2人を見て、案外社交性の高いマリアの意外な一面に驚きながらもどうしても今迄あまり他人と関わって来なかった私はマリアみたいにグイグイと行くことは難しいため、少しずつでも話の輪に入っていけるように遠慮がちではあるが会話に交じってみることにする。
「あの、その8つの区画と言うのはそれぞれどんな特徴があるんですか?」
「今あたしたちが向かおうとしているのが北側にある行政区ね。当然ながら役所とか行政に関する施設が集中している区画で、ハンター協会の王国本部もここにあるわ。そしてそこから時計回りに説明すると北東部に都市運営に必要なエネルギー生成と配給を行っている動力区、東部が国や企業なんかの所有する倉庫が立ち並ぶ倉庫区で南東部がいろいろな企業のオフィスが集中する産業区、それに商店が集中する南部の商業区にこの都市最大の区画である南西部の居住区、娯楽施設が密集する西部の有楽区に医療機関が集中している北西部の医療区で合計8つね。因みに、宿を探すのなら居住区のモノレール乗り場周辺は結構ぼったくりな宿が多いから、部屋は一人部屋とか狭いのが多いけど外部から仕事で来る人向けにある程度安くてきれいな宿屋が多い産業区で探すのがおススメよ」
「あと一応言っておくと、夜間の有楽区には結構ガラの悪い人たちもうろうろしてるから、日が落ちてからはあまり有楽区に近づかないことをお勧めするよ」
ヒスイさん説明にコハクさんがそう補足をしてくれたので、私は素直に「そうなんですね。忠告ありがとうございます」と頭を下げる。
「まあ、わたしが知っている昔の迷宮都市に比べてだいぶ街並みも変わってるし、昔はこんなにきっちり区画分けなんてされてなかったけどその当時から有楽区は存在していろいろと悪い噂が絶えなかった場所だからな。ただ、勘違いしないように言っておくが全てが全て悪い場所、ってわけでもないからな。裏の部分でそういった噂もある、って程度だから不必要に恐れたり嫌悪する必要はないからな」
ママはそう言うが、正直私は余計なリスクを背負ってまでそのような場所に行きたいとは思わないのでおそらくこの区画へ好んで足を踏み入れることはないだろう。
そもそも、なんでそんな噂があるような区域が医療区と居住区と言う重要な区域に挟まれているのか疑問に思うほどだ。
そんなこんなで会話を交わしながら(主に喋ってるのはマリアとヒスイさんだが)歩いて行くと、私達は行政区行きのモノレールが出発する乗り場(セントラルステーションには東西南北の4か所に乗り場があり、それぞれ隣接する3方に向かってモノレールが運行しているらしい)の改札口まで到着する。
どうやらハンター資格を持つ3人は資格証を改札口に設置されてるゲートの装置にかざすことで無料乗車できるようなのだが、資格を持たない私とマリアは切符か定期券を買わないとモノレールの利用ができないので、ひとまず『券売機』と呼ばれる魔道具の使い方をヒスイさんとコハクさんに教えてもらいながら行政区(正確には『北区中央駅』)行きの切符を購入し、無事にモノレールに乗車することができた。
「それにしても、ほんの十数年でこの都市は見違えるように変わったな。前はこんなに背の高い建物は多くなかったし、移動手段もこんな都市の上空を走るモノレールじゃなくて
「僕たちがこの都市を拠点にハンターとして活動を始めたのは2年くらい前からなのでこの光景が当たり前になっていますが、これだけ都市の近代化が進んだのは今から8年前だと教わっています。そもそも、この都市では近隣のダンジョンから多数の魔核を回収できるので魔核や魔石に関する研究が盛んに行われているのですが、ちょうど8年ほど前に革新的な魔核の加工技術とその技術によって生成される高品質な魔石を動力とした魔科学の進歩が重なり、それらの技術を都市のあらゆる施設で試験的に実装した結果が今のファンタズムの姿だと言われています」
「ふむ。ではこの都市全体が一種の新技術の試験場となっておる、と言うわけじゃな?」
「まあ、そういう解釈で問題ないと思うよ。だからこそ、この都市で活用されている技術は王都でさえまだ実装されていないものも多いんだ」
「正直、ここでの生活に慣れると他の町や村での生活は物凄く不便に感じてしまうのよね」
皆の会話を聞きながら、私は眼前に広がる見たことのない都市の姿に目を奪われていた。
そして、どんな面白そうな物があるだろうかと視線を彷徨わせている最中、上空に不思議な物体を見つけたことで思わず会話の流れを切って声を上げてしまう。
「あの! あそこにある光の帯は何の意味があるんですか?」
そう私が訪ねた直後、なぜかママがほんの一瞬だけ表情を強張らせたような気がしたがすぐにヒスイさんたちと同じキョトンとした表情を浮かべ、皆一斉に私が指差す方向に視線を向けた。
「光の、帯?」
困惑の表情を浮かべながらヒスイさんはそう聞き返し、私の指差す方向に視線を向ける。
そして、その態度から私は(ああ、これってもしかして)と状況を察しながら余計なことを聞いてしまったと後悔で気分が落ち込んでくる。
どうやら私には人に見えないモノが見える才能があるらしく、その影響でちょくちょく周りを怖がらせてしまうことも珍しくなかった。
特に幽霊など自分の力だけではどうやっても対処できない存在が苦手なマリアは、不気味な雰囲気の場所で私が『あっ』とか声を上げるだけで飛び上がって縋り付いてくるので、極力それが皆にも見えているモノか、そうでないモノかを見極めてから発言するようにしていたのだがどうやら目新しい物に触れ過ぎて油断していたようだ。
それに、普段私だけが見えるようなモノについてはなんとなく存在感が薄かったり若干この世界とはずれた場所にいるような違和感があるのだが、空に見える金色に輝く光の帯はかなりしっかりと見えていたので当然ながらその場にあるモノだと誤認してしまったという理由もある。
「はぁ、またいつものやつか? 最近はあんまりそういった話はしなかったのに、今日は珍しいな」
ママはため息を漏らしながらそう尋ねるが、別に私の言葉を信じていない訳では無いと知っているので茶化した言動でこの場の微妙な雰囲気をどうにかしようと気遣ってくれているのだと気付く。
なんでも、ママの知り合いにもそういったモノが見える人がいたらしく、ママにはそういったモノは全く見えないが存在はしているモノなのだと理解はしているらしい。(因みに、ママは『知り合い』と誤魔化しているが、私にその才能があることから考えるとそれはパパの事なのではないかと予想している。)
(まあ、ここは何かと見間違えたってことにしといて、今後はこの話題に触れるのは避けよ)
そう決意した私が口を開きかけた瞬間、マリアの一言で状況が一変する。
「ふむ。あの金色の光帯から、我が内なる力を刺激する何かを感じるような気が……いや、若干神々しい感じじゃし、邪神たる我には相応しくないのか?」
今まで私に見えてるモノが見えているパターンなど一切なかったマリアの予想外の言葉に、私は一瞬処理が追い付かずに思考が止まる。
そして、そこからさらに私の思考をかき乱す事態が発生することになる。
「なっ!? まさか、マリアにも『天輪』が見えているのか!!?」
今まで見たことが無いほど動揺した表情を浮かべながらママがそう声を上げた直後、私達全員の視線がママに集まったことで失言に気付いたママが苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「なあ、母上よ。『天輪』とは何なのじゃ?」
言葉の響きが好奇心を刺激したのか、キラキラと瞳を輝かせながらマリアがママとの距離を詰めながらそう問いただす。
「さ、さあ。なんだろうな?」
「誤魔化さないでよ、ママ! 今の発言、絶対何か知ってるでしょ!」
そして、私は珍しく語気を強くしながらマリアと一緒にママに詰め寄る。
なぜなら、私が『光の帯が見える』と言ってもそこまで取り乱さなかったいうことは、ママは私が『天輪』と言うモノを見ることができる何らかの条件を満たしていることをあらかじめ知っていたということになり、その名称を知っているという事実からそれがある特定の関係者、例えば血族などに伝承されてきたような存在であることが想像できる。
しかし、マリアにも見えていると分かった瞬間にこれだけ取り乱したのだから、考えられる可能性としてはママにも見えていてアレを見るためにはママの家系に、またはママには見えていないがパパの家系に関係する条件がある、つまりは今迄一切不明だったマリアの出自がそのどちらかに関係する可能性が出てきたことを意味するのではないかと推察したのだ。
「ええと……あっ! ほら、あそこの一番でかい建物! あれが今の協会本部だろ? だったらもうすぐ駅に着くんじゃないか? だから、この話はこれでおしまい! なっ!」
私とマリア、それに困惑の表情を浮かべるヒスイさんとコハクさんへ一方的にそう告げたママはそのまま強引に会話を打ち切ってしまう。
だが、今迄の経験からママがこうやって強引に話を打ち切る時は決まって私がパパに関する何らかの情報に触れたと思われる時だと知っている私は、(もしかして、私とマリアは異母姉妹だったり近い血縁関係だったりするのかも!)という新たな情報に興奮しつつ、もしかしたらこれまで謎に包まれていたパパについての情報を今度こそ引き出せるかもしれないと心躍らせるのだった。
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