第2話 僕と青年と少女

 それは何の前触れもなく起こった。

 いつも通り布団に入って眠りについた日。

 僕――音海おとみ太陽たいようは不思議な夢を見た。


 僕は夢で青年になっていた。

 初めは異世界転生かと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。

 青年の身体に意識のみが乗り移っている感覚。

 彼と五感を共有しているような感覚。

 小説で読む『異世界転生』や『異世界転移』とは別物だった。


 青年は少女と出会った。

 美しい金髪を1つにまとめた10代後半くらいの。

 彼女は道に迷っているようで、まわりを見回しては不安そうに手を握っていた。

「お嬢さん、どうかしましたか」

 声を掛けると彼女はこちらを振り返り「どなた?」と眉を寄せた。

 鮮やかな緑の瞳に警戒の色が見える。

「僕はロバート。吟遊詩人です」

 こちらが名乗ると、少女の表情が和らいだ。

 なんだ、吟遊詩人か……と言いたそうな顔だ。

「私も名乗りたいところですが、少し都合が悪くて。名は訊かないでいてくださいな」

 高くて可愛らしい、耳に優しい声だった。

「わかりました。道に迷っているのなら、僕が案内しましょうか」

「ええ、ぜひ。あ……、あなた先ほど吟遊詩人と言いましたね。一曲、聴かせてもらえないかしら」

 少女は青年が手に持っているリュートを見て言った。

「もちろん」

 彼はうなずいて、近くの木陰に腰を下ろした。

 少女も同様にして、彼の隣にいる。

 彼の歌と演奏を静かに、心地良さそうに聴いている。

 一曲弾き終わると、少女は拍手した。

「素晴らしいわ。またこの時間に聴きに来てもいいかしら?」

「どうぞ。いつでも待っています」

「ありがとう。それでは城の近くまで道案内をお願いしてもよろしい?」

「ええ。こちらですよ」

 青年は立ち上がり、少女のペースに合わせて道を進む。

 しばらく歩いた頃、少女が言った。

「ここで大丈夫。どうもありがとうございました」

「どういたしまして。では、またいつか」

 青年と少女は挨拶を交わす。

 そこで、視界が暗くなった。


 目が覚めると、自分の部屋で寝ていた。

 カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいる。

「……変な夢だったな」

 RPGでよくある中世ヨーロッパ風の街並み。

 吟遊詩人というのも、日本ではゲームくらいでしか聞かない言葉だ。

「うん。忘れよう」

 僕は布団を出ると、朝の支度を始めたのだった。

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