03-5 森を往く狩人と、そこに住まう若き魔女の話 その5
「これを飲むことになるなんて、思わなかったな……」
中のピンクを眺めながらボソッとつぶやく。普段は出さない特別なものらしいと、狩人は理解した。甘いようなツンとしたような、嗅ぎ慣れない匂いがテーブルの周りに立ち込める。
「気になるのなら私も森に入ってみるわ。さあどうぞ、召し上がれ」
言われて狩人はぐいっと飲んでみる。それを見ながら魔女も一口ちびっと口を付けた。匂いと同じく甘いような刺激があるような、言葉にするのも難しいと思いながらも口に合わなくはないと思った。
「どう? 美味しい?」
「この味を伝える言葉が出ない。少なくとも悪くはない」
そう? と微笑みながら返してくる。
「それじゃ、頂こうかしら? 調査代」
その微笑みのまま右手を出してきた。そう言われて懐を探るも、出て来た金目の物といえば銀貨が一枚といつぞやの宝石が入った革袋のみ。銀貨は街壁の門が夜に閉まってから詰所で泊まる時の緊急用だ。調査代として銀貨は少な過ぎ、宝石だと多すぎる。
「貴方、これ売るんじゃなかったの?」
以前渡したものがそのまま残っていて、魔女は目を丸くする。
「蓄えは無くも無い。お前に貰ったものだからな、手放すのは死ぬ程困った時か、死ぬ時そのものさ」
ハーブティーをまた口に入れる。はぁーっと深く長いため息。だがどこかしら嬉しそうな様子が、狩人からも感じられた。
「まあ、森でのお守りみたいなもんだ。何と言っても魔女からの賜り物だからな、ご利益は教会のお札以上だろう」
「そう……大事にしてね。ところで」
うつむきながら上目遣いに男を見つめる。
「今の貴方の体、体が段々と熱くなって来て、頭がフワフワしてきたりして来てない?」
何だって?
そう言えば体に赤みを帯びている。何だか全身、特に下腹部や股間辺りが特に熱く、意識も急に朦朧としてくる。筋肉が弛緩していくのを感じた。力が入らない。
「お前……何を、飲ませた……?」
目の前が暗く、いや、むしろ白い何かに染まっていく。睨み付けた女の顔は、まるで猫のように目を細め、こちらを見ながら笑っていた。
「魔女……め……」
「こんな最高のタイミングで来てくれるなんて思ってもいなかった。本当に本当に、感謝してるわ」
言っていることが分からない。
「貴方のこと、とっても、大好きよ」
落ちる意識に抵抗しながら最後に聞こえたのは、この状況に似つかわしくない、そんな好意の言葉だ。魔女が同じ液体を最後まで飲み干したところで、記憶の糸は完全に途切れてしまった。
(その6へつづく)
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