剣と魔法は、てのひらに

中尾ポール

01-1 友同士だった騎士と第五王子が決闘した話 その1

 王都から馬で十分程度走ったところに、土と岩に支配された荒野がある。王国の書物には、かつての争いで大規模な魔法を兵器として使用した結果、草一つ生えぬ死の焦土になったのだと記されている。草も生えぬなら生き物も寄り付かず、鳥が辺りを飛ぶのみであった。白き王城を遠くに望むこの地に、三人の姿が見える。


 決闘者二人と、その立会人だった。決闘者の一方は青黒く光る甲冑を身にまとい、甲虫の顔のような兜の騎士である。その瞳が睨み付けているのは、白いローブと短いマントを身に付けた青年だった。王家の証たる薄い金色の髪、この国の第五王子だった。



 ある日、第五王子が人を焼いた。盗みを働き、牢に入れられたばかりの数名には、弁明の機会が設けられるはずだった。しかし王子は炎の魔法で、その数名をまとめて焼いた。


 人の持つ魔法の力で生き物を燃やすことは出来ても、消し炭になるまで焼き尽くすことは出来ない。その力の源は彼の左手に抱えられている本、『知王たる法書』にあった。本の頁々に魔法の力を強める術式が書かれており、これを手にした者は強大な魔力と叡智を手にすることが出来るという。


 城内に封じられた書架でこの本を手にした途端、書に込められた叡智が文字通り、頭の中に入り込んできた。以来穏やかな彼の笑顔には徐々に狂気と呼べるものが混ざるようになってきた。国に、王家に、民に害する存在をその盗人同様容赦無く屠るようになり、次第に民からは恐怖の王子として恐れられるようになっていた。



 そして騎士は第五王子の幼馴染であり、竹馬の友であった。『第五』とは王位継承権の順番で、五番目が王位を継ぐことはまずあり得ない。故に王子ともども王国を支える若手の一員として期待され、それに応じようと日々鍛錬に励んでいた。


 しかし、他ならぬ王子によってその将来は打ち砕かれた。このままでは罪無き民までもが焼かれてしまう。騎士は王子の乱心、そして強大な力の源があの本にあることを突き止めた。しかし説得しようにもこちらが口を開いた途端、自身が消し炭になってしまう。強大な力に抗うためには、同じく強大な力に頼るしかなかった。


 流線型のシルエットをした甲冑は生き物のように艶めかしく光を反射し、あちこちに爪のような棘が逆立っている。まるで二本脚の甲虫のようなそれは、『法書』と同じく人知を超えた力を持ったいわば『生きた鎧』だった。


 安置された場所を突き止めた騎士は幼き従者と共に旅立ち、数日前に古びた聖堂に辿り着いた。聖堂は既に放置され、それを取り巻く家からも人の気配はなかった。講堂に鎮座する演台の裏にあった隠し階段の奥には大理石に覆われた居間程度の玄室があり、件の鎧はその中央に台も無くポツンと鎮座していた。持ち帰ろうと騎士が触れると鎧は自ら動き出し、まるで獲物を喰らうかのようにその身を騎士へとまとわり付かせたのである。身に付けてしまったその鎧はまるで意思があるかのように外れず、結局身に付けたまま王都へと帰ることになった。それまで騎士は鉄製の鎧を着けていた。生きた鎧がその鉄を『喰らっていた』ところを、従者は見ていた。


 兜を付けたままでは食事もままならない。しかし不思議と飲まず食わずでも平気だった。この鎧の『宿主』になったのだと、騎士は気付いていた。寄生されていずれこの身は食い尽くされる。あの聖堂のあった村なのか町なのか、そこの住人も一人一人この鎧の養分になったのだろう。骨すら見当たらなかったのだから、きっと骨までも喰らいつくすに違いない。


 だが、それがどうした。


 乱心した友を討つためなら己が身を投げ捨てることも厭わぬ、私はそう決めたのだ。鎧の浸食は既に始まっており、触覚も無ければ熱や冷気も感じなかった。時間は無い。


 王都に戻ると直ちに紙とペンを取り、従者に使いを出させた。封筒に赤い文字で相手の名前を書くのは、決闘状の正式な書式である。意外にも王子はそれを二つ返事で受諾し、二日後のこの日、この荒野に立っている。ここなら人知を超えた力を行使しても民への被害はないだろう、騎士がそう考えての指定だった。時刻は正午、つまりもうすぐ王都中に響く鐘の音が鳴ってからだ。青い空、ポッカリと浮かぶ幾つもの白い雲、そして今日も旅行く鳥たち。これらは今から起こる闘いなどつゆ知らず、普段と同じようにそこに在り、流れていく。


 やがて遠く、王都の方向から「ゴーン、ゴーン」という鐘の音が聞こえてきた。


(その2へつづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る