第2話:初戦②

「ふっ、いやぁ〜…… やめっ、はいってこないれぇ〜 」


 街の正門で私たちが見たのは地面であえいでいる鎧とそれを悔しそうな表情で見つめる魔法使いさんだった。


「ちょっと魔法使いさん! これどういうことですか? えっ? あの地面に転がってる鎧ってもしかして戦士さん?! なんで街を数歩出たところであえいでるんですか! 一体何があったらこうなるんですか!! 」


「見ての通りだ」


「見てわかんないから聞いてるんです! 」


 武闘家ちゃんも僧侶くんも何が起こっているかわからないようだ。よかった、私がアホだから何が起きてるかわかんないのかと思ったよ。こんな状況、見ただけじゃ誰にもわかんないよね。


「とにかく戦士が死にかけている。なんとかしてやれ」


「イヤなんで他人事!? というか街から数歩で死にかけるって何?! あーもう! 魔法使いさんはもっと情報量を増やす努力を…… 」


「あっ、だめ…… お腹押されたら…… おしっこ出ちゃう」


 鎧から何やら信じられない言葉が聞こえる。鎧が転がっているのは街の外。つまり、あそこでおしっこを出したら


「ちょちょ! 戦士さん、ダメ! そこでおしっこ出したら死んじゃうから! えっと…… とにかくみんな、戦士さんを街の中へ運んで! 」


 私の号令でみんな戦士さんに駆け寄り、持ち上げて街の中へ運んだ。運んでいる途中も、戦士さんは「はぁはぁ…… 」と色っぽい息をしていた。こういうところは女の子なんだ。普段はただのイカれ鎧だけど。


 とりあえず戦士さんを浄化された地である街へと運び込んでから、私は魔法使いさんに何が起きたか再び聞いた。


「で、何があったんですか? お城で私たちと別れてから今までの出来事をなるべく詳しく言ってくださいね」


「承知した。お前たちと別れたあと、戦士は走って街の外へ出ていった。そして、街を出てすぐに道の脇から飛び出してきたスライムと戦士との戦闘が始まったのだ」


 スライムとは液体状の魔物で、体のほとんどが水のため街の堀の周辺など、水が多い場所によく現れる。ちょっとダメージを与えるだけで体構造が崩れてすぐに消えてしまうようないわゆる雑魚モンスターだ。そんなスライムとの戦闘が始まったところで戦士さんがあんな状態になるとは思えないんだけど……


「戦闘開始後、戦士はスライムに殴りかかっていった。あまり速度がなかったので、スライムは戦士の拳をかわして、鎧のすき間から中に入っていった」


 ああ、だからさっき「はいってこないれぇ〜 」ってあえいでたのか。たしかに鎧の中に入られてはなすすべがない。しかも戦士さんの鎧は呪われていて脱げない。脱いでスライムを追い出すこともできないのだ。


「って! 魔法使いさんはそれを黙ってみてたんですか! なんで助けてあげなかったんですか!? 」


「俺も最善を尽くした。魔術による能力向上で戦士を救おうとしたさ」


 あ、そっか。魔法使いさんは『能力を百倍にする魔法』しか使えないから、攻撃ができないんだっけ。いけない、いけない。あまりに信じられない状況だったからつい八つ当たりしちゃった。パーティのリーダーとしてこの態度はダメだよね。


「で? 旦那の魔法は意味をなさず、イカれ戦士は未だスライムと一緒ってことか? 」


「いや、俺の魔法は成功した。成功した結果がこれだ」


「あの…… これってどういうことですか? 見たところただ戦士さんがスライムに攻められて苦しんでいるだけですけど…… 」


「いや、よく見ろ。鎧の隙間が完全に塞がっているだろう? これは俺の魔法によって戦士の防御力が百倍になったからだ」


 ホントだ。戦士さんの鎧の隙間が塞がっている。なんかデザインも最初に会ったときよりトゲトゲしてて、全体的に防御力が上がっている気がする。へぇ〜、ホントに能力が向上するんだ。しかも、見た感じ魔法を使ったことによるデメリットが全くない。自作の魔法だと何かしら不具合が出るはずなんだけど、この人、やっぱりすごい人なんだ〜。でも、自治区でこの人の噂とか聞いたことないんだよな……


「じゃあさ? スライムさんは戦士さんの鎧の中に閉じ込められちゃったってこと? 」


「そうだ。なかなか察しの良い坊主だな」


「へへっ、ありがとー」


 魔法使いさんと僧侶くんのほのぼのトークで場が和む。いやー、いいね。これがパーティだよ。


「って! そうなると戦士さん、ピンチじゃないですか! スライムが中で暴れて、このままじゃ戦士さんやられちゃいますよ! 」


「だから、助けてやれと言っている」


「どの口で…… 」


「は! アホどもは離れてな。私がなんとかしてやんよ」


 そういうと武闘家ちゃんは脚を肩幅に開いて、両手で拳を握った。「はぁぁ…… 」という息吹のあとで、右手を引いて、左手を武闘家さんの方に出した。


「武闘家ちゃん、何する気? 」


「要は鎧の中のスライムが死にゃあ、いいんだろ? だったら鎧の外から衝撃を与えてスライムにダメージを与える。なーに、私の技なら簡単だ」


 脳筋な考えではあるけど、なかなかいい案だ。物覚えが悪くて僧侶になれず教会を追い出されたとは思えない。


「よーし! 武闘家のお姉ちゃん、やっちゃえー! 」


「そうだそうだ!やっちゃえー! 」


 僧侶くんと私の声援に武闘家ちゃんはニヤッと笑った。


「よし見てな! これが私の…… 」


 武闘家ちゃんは右手をグッとさらに後ろに引いた。


「破邪…… 」


 そして、右手を引ききったところで腰をグルンと回転させて……


「正拳突きだぁぁぁぁ! 」


 鎧を思いっきり殴った。


ガツン!


 武闘家ちゃんの放った拳が鎧にクリティカルヒットして鈍い音がした。すごい! あんなキレイに当たるなんて相当運がよくな意図できないよ。そう思った私の耳には悲鳴が突き刺さった。


「いったぁ〜! 」


 武闘家ちゃんは右手を押さえてうずくまっている。よく考えたらあんな金属の塊を素手で殴ったらそうなるか…… なんだかさっきまで感動していた自分が急に恥ずかしくなった。


「無駄だ。その鎧は俺の魔法で防御力が百倍になっている。小娘の拳程度では内部に衝撃は与えられんよ」


「てめぇ…… やる前に言えよ! 」


 たしかに。これじゃあ武闘家ちゃんは殴り損だ。というか、魔法使いさんはなんでまだ魔法をかけてるんだろう? あとなんで防御力を上げたんだろう?


「大体なんでまだ魔法がかかってんだよ! てめぇが魔法を解きゃ、すき間からスライム引き釣りだせんだろ! つーかなんで鎧に入られたあとで防御上げてんだよ! もっと他に上げるべき能力あっただろ! 」


 私の思ってたことは全部、武闘家ちゃんが聞いてくれた。以心伝心ってやつだね。


「俺の魔法はしばらくは効果が切れん。五分は持続すると心得よ。それと上がる能力はかけた対象の一番高い能力であり、私が選べるわけではない」


 そっか、上げる対象選べないんだ。しかも途中で解除できない…… うーん、微妙な魔法だ。デメリットがまったくないのも頷ける。


「あぁ、ダメ…… もう我慢できない。出る、おしっこ出ちゃう…… 」


「だぁ〜もう! なんで戦士さんはさっきからおしっこ漏れそうなんですか! 街を出る前にちゃんとトイレに行かなかったんですか?! 」


 返事の代わりに「あ、んんっ…… 」とうめき声が聞こえた。私の問いかけに答える余裕すらないみたいだ。別に街の中なんだから漏らしちゃってもいいと思うけどなぁ…… もしかして恥ずかしがってる? あ、それが普通の感覚か。


「ねぇ、どうするの? 戦士のおねえちゃん、このままじゃやられちゃうよ? 」


「うん、わかってる。仕方ないから私がなんとかするよ」


「なんとかって、てめぇに何ができんだよババァ! 」


「武闘家ちゃんと同じことするだけだよ。鎧の外から攻撃して中のスライムを倒すの」


「それは無理だ。俺の魔法の効力はまだ続いている。百倍の防御力を貫通して、戦士にダメージを与えず中のスライムを倒すなど不可能だ」


「まあ、普通ならね。でも私、天才なの」


 私は戦士さんの鎧に手を当て、意識を集中する。この魔法は私でも使うのに時間がかかる。


「あっ、あっ! もう…… もうダメ! 」


 うるさいなぁ、今集中してるんだからちょっと黙ってよ…… よし、準備できた。私は鎧に当てている手に思いっきり魔力を込める。


「いくよ! 待っててね、戦士さん! 」


 私は戦士さんに言葉を投げかけると同時に手から電撃を放った。


バチチチチチチチ


「ひゃああああ! 」


 戦士さんが悲鳴をあげる。きっと中で感電してるんだろうな。ごめんね、鎧全体に電気を流すくらいしか助ける方法が思いつかなかったの……


「あわわわわ…… あっ」


ショワワワワワワワワワ


 戦士さんの体がビクンと跳ねたあと、どこからともなく水の流れる音が鳴り出した。


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