恋をしたい

清明

第1話

「恋をしたいんだ」

俺の前の席に座るなり、石田はそう言った。

「すればいいじゃないか。誰もお前を止めちゃいない。うん、あいつとかいいんじゃないか。じゃ、頑張れ」

俺はたまたま目に入った山内を指差す。

「山内かぁ……うーん、ちょっとね」

一応考えてくれたようだ。それはどうでもいい、さっさと帰れ。

「贅沢だな。じゃ、水上でいいだろ。ほら、行け」

山内と談笑していた水上を指差す。

「水上はさぁ……あいつもちょっと。てか、真面目に話を聞いて」

石田が俺の読んでいた本を取り上げる。くそ、いいところだったのに。

「なんだよ」

「あのさぁ……昨日ふと考えたんだけど、今まさに青春と言われるようなお年頃なわけじゃん?自分ら。それなのに恋の一つや二つしないでいいのかこの人生、って思ったわけ。いやなんか馬鹿にしてるような顔しているけど、結構大事じゃない?この考え方。この夏はもう二度と来ないんだよ?」

「夏はもう終わったが」

「暦の上ではそうだけど今日もくそ暑いだろうが!」

「それは確かに」

「はい論破!謝れ」

「すみませんでした石田様」

「よろしい」

「じゃ、話は終わったってことでその本返せ」

「いや話終わってないだろ。舌打ちすんな。いいから恋の話を聞け」

「なんだよ、恋がしたいからって俺に何の関係があるんだよ」

「ある。大いにある。関係大有り」

なんだ?俺の周りに恋愛関係者でもいるのか?なんだ恋愛関係者って。

「恋を……したことある?」

石田の問いに一瞬戸惑った。何を聞いてるんだこいつ。

「ないが?」

「あ……そうだよね、うん、そうか……そっか」

「なんだよ」

「あ、ううん、いいんだ。うん」

「なんかすげームカつくな」

「気にすんな!じゃ、じゃあさ、何がきっかけで恋すると思う?」

「はぁー?」

何聞いてるんだこいつ。

「知らねーよ。見た目とかじゃねーの?一目惚れとか見た目だろ、あれは」

「あーうーん、まぁそういうこともあるよね。他には?」

「他?他って……思いつかない。そういうお前は何かあるのか?」

「よくぞ聞いてくれた。考えたわけよ、昨晩。恋をするってどういうことなんだろうなって。恋するきっかけってなんだろうって。そしたらさ、わかっちゃった。最初は友達なんだよ、友達から始まってさ、バカ話をしてさ、ある時ふとした瞬間に会話が途切れちゃって、あ、こいつまつ毛長いんだなぁーとか相手見つめていたら相手がフッと笑ってさ、優しい顔しててさ、それ見たらなんかドギマギしちゃってさ、間が持たないから、あ、お菓子持ってきたんだ、食べない?って二人でお菓子食べちゃってさ、これ完全に恋始まったじゃーんってな感じでさ」

「何言ってんだお前」

「そんな冷めた目で見るな」

「はぁ、まあどうでもいいから本を返せ。結局今の話に俺関係ないじゃないか。さっさと帰れ」

「いや、だから関係あるって。だからその……」

「なんだよ」

「ここにお菓子がある」

「……は?」

「だ・か・ら!お菓子を!持ってきた!」

「……は?」

石田の顔がみるみるうちに赤くなっていく。

それが妙におかしくて、フッと笑ってしまった。

「順番がおかしくないか?」

「いいの!多少は!それで、食べる?」

しばらく石田の顔を眺め、その自信ありげな、それでも不安そうな、震えるまつ毛を見つめ、こう答えた。

「食べる」

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恋をしたい 清明 @kiyoaki2024

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