男女比が狂った世界に転生してる?

森川 朔

第1話 目覚めた世界の違和感

激しい衝撃を感じたのは覚えている。車のクラクション、タイヤがスリップする音、そして俺の身体に突き刺さるような感覚。次の瞬間には意識が遠のいていた。


「……ここは?」


薄く目を開けると、視界に入ったのは白い天井。病院のベッドに横たわっているようだ。胸に走る鈍い痛みを感じながら、周囲を見渡す。


「気がつきましたか?」


優しい声が聞こえた。振り返ると、そこには若い女性の看護師が立っていた。美しい笑顔に少しホッとしつつも、何かが引っかかる。


「……俺、事故にあったよな?ここは病院だよな?」


「はい、そうです。交通事故で意識不明だったんですよ。今は安全ですから、安心してくださいね。」


そう言って彼女は優しく微笑んだが、どうにも違和感が拭えない。意識を取り戻した時からずっと感じている、何かおかしいという感覚。


「……なんか、違和感があるんだよな……」


周囲を改めて見回してみる。看護師だけじゃない、周りの患者や廊下を歩く医者、どこを見ても女性ばかりだ。たまたまかもしれないと思ったが、窓の外に目をやると、歩いている通行人たちもほぼ女性しかいない。


「まさか……」


頭の中で何かが引っかかる。まるでこの世界自体が、俺の知っているものとは違うような感覚だ。


「なあ、質問してもいいか?」


「どうぞ、何でも聞いてください。」


看護師が親切そうに言ってくれるが、俺は少し緊張しながら聞いた。


「……この病院には男の患者、いるか?」


看護師は少し考えるような表情をした後、静かに首を横に振った。


「男性の患者ですか?……いえ、いないですね。そもそも男性の患者さんはあまり見かけませんね。」


「そうか……」


頭の中が混乱する。いや、混乱しているだけではない。これは明らかにおかしい。俺の記憶が正しければ、普通の世界では男女比はもっと均等だ。それなのに、この病院も外の世界も、ほとんど女性しかいない。


「まさか……男女比が、そんなに偏ってるってことか?」


「ええ、そうですよ?この国では男性の数が非常に少なく、男女比はおおよそ1:10です。」


「……1:10?」


その言葉に、思わず声が裏返った。まさかそんなことが現実に起こるなんて、普通ならありえないだろう。しかし、彼女は当然のように頷いている。


「どうかしましたか?」


「いや……驚いただけだ。そんな世界があるなんて、俺の知っている場所じゃ考えられないから……」


「ふふ、まぁ最初は驚くかもしれませんね。でも、すぐに慣れますよ。少数派の男性は、みんな優遇されてますから。」


優遇?その言葉に一瞬ドキッとする。確かに、こんなにも女性ばかりの世界で男が少ないなら、何か特別な待遇があるのかもしれない。


「おそらく、事故の後遺症で混乱しているんでしょう。しばらくは安静にして、体力を回復してくださいね。後でお医者さんが診察に来ますから。」


そう言って、看護師は部屋を出ていった。俺はベッドの上で仰向けになりながら、ただただ天井を見つめる。


「1:10の世界……か」


それが事実だとしても、理解するのに少し時間がかかりそうだ。病室に響くのは、機械の単調なビープ音だけ。ここは確かに病院で、俺が交通事故にあった後の世界だ。だが、どうやらただの事故で済む話じゃなさそうだ。


「俺は……どこに来ちまったんだ?」


胸の中に膨れ上がる不安と、少しの期待。どちらも抑えきれないまま、俺は再び瞼を閉じた。


頭の中を整理しようとするが、どうしても考えがまとまらない。今まで俺が生きてきた世界とは違う。圧倒的に女性が多いこの世界に、俺はどうやら放り込まれてしまったらしい。


「……でも、どうして俺がここに?」


俺はあの交通事故の記憶を辿ろうとしたが、そこには断片的なイメージしか残っていない。確かに事故に遭ったことは覚えている。だが、気がつけばこの奇妙な病院のベッドの上にいた。それ以上の経緯が思い出せない。


「転生ってやつなのか?」


冗談のように言いながらも、内心ではありえない話でもないかもしれないと思っていた。だって、普通の世界で男女比が1:10なんていう状況は考えられない。ファンタジー小説やゲームでよく見る設定だが、まさかそれが現実になるとは……。


その時、病室のドアがノックされ、次に入ってきたのは医者らしき女性だった。白衣をまとい、知的な印象を与える眼鏡をかけている。彼女もまた、非常に美しい女性だった。


「こんにちは。お目覚めですね、どうですか?体調は。」


「ええ、まあ……混乱してますけど、身体は特に問題ないです。」


「それは良かったです。あなたが意識を失っている間、特に大きな問題はありませんでした。ですが、事故の影響で少し記憶に混乱があるかもしれませんね。」


「記憶に混乱……」


俺は軽く眉をひそめた。確かに記憶があやふやだが、それ以上にこの世界自体が混乱そのものだ。


「お医者さん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」


「何でしょう?」


「この世界の男女比って、どうなってるんですか?」


「そうですね……現在の男女比は1:10です。昔はもっとバランスが取れていたんですが、数十年前にとある感染症が流行して、多くの男性が命を落としてしまいました。その結果、現在のような男女比になったんです。」


「感染症……?」


「ええ、今ではもう沈静化していますが、その影響で男性の数は激減しました。それ以来、少ない男性を国としても非常に大切に扱うようになったんです。」


医者は淡々と説明してくれるが、俺の頭の中ではその情報がぐるぐると回り始めた。つまり、何かの感染症によって男性が大幅に減少し、結果として今のような男女比の世界ができあがったということか。


「でも、俺の知ってる世界では、そんなこと起こってないはずだ。俺が知ってるのはもっと……普通の世界で……」


「記憶に違和感があるのですね。それは事故の影響かもしれません。無理に思い出そうとせず、少しずつ慣れていけばいいですよ。」


医者は優しくそう言ったが、俺の混乱は収まらない。確かに、目の前にいる医者は現実の存在だし、この世界も間違いなく実在している。だが、俺が生きていたはずの世界とのギャップがあまりにも大きすぎる。


「とにかく、今はしっかりと休んでください。何か困ったことがあれば、すぐに呼んでくださいね。」


医者はそう言って、軽く一礼をして部屋を出ていった。俺は再びベッドに横たわり、天井を見つめる。


「1:10の世界で、俺はどうやって生きていけばいいんだ?」


少ない男性が優遇されるということは、もしかしたらこの世界での俺の立場はかなり特殊なのかもしれない。それは一見悪くない状況に思えるが、逆に言えば期待も大きいのだろう。プレッシャーを感じずにはいられない。


「まぁ、今は考えても仕方ないか……」


そう自分に言い聞かせながら、俺は再び目を閉じた。

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