紫悠遥稀は戻れない

こいつって本当におとこのこ?

告白、それは勇気を出して行うもの。


「す、好きです…! ボクと付き合ってください…!!」


目下、その告白をしている者がいる。…屋上で昼寝をしている時のことであった。


その生徒…は、とても緊張している様子…正に拳を握りしめながらその女子生徒に告白をしていた。


「え、無理」


だがしかし、だがし…残念ながらその想いは届くことはなく…無情にもキッチリバッサリ切り捨てられてしまった。


「話はそれだけ? じゃあね」


女子生徒は足早にその場を去っていく…この場に残るのは俺とその生徒だけだった。


「…う、うぅ…」


わぁ泣いちゃった…可哀想に。


小動物の様に蹲り、その生徒は静かに泣く…はは、気まずくて仕方ないんだが?


「や、やっぱりボクには不相応な考えだったのかな…恋人が欲しいって思うのは間違いだったのかな…う、うぅぅ……」


ネガティブに泣き続け、周囲にはその生徒の嗚咽が鳴り響く。


「あー…おい、そこの…女子生徒。そこで泣いてんじゃねぇよ」


「……え?」


そのまま黙っていられたら帰れなくなってしまうので取り敢えず声を掛ける。…だって出入り口の真ん前にいるんだもの。


「あのな? 人の告白にケチを付けるつもりはないし、文句を言うつもりはないけど…少しは相手の気持ちを考えてやった方がいいぞ? 例えお前の性的嗜好が女の人であったとしても、相手の方は違うかもしれんからな」


「あ、あの…」


「最近は性的嗜好に自由云々とか言っているが、それを否定するのも個人の自由の中に入っているとは思わないか? 嫌な人がいる中でそれをゴリ押ししたら周りから嫌われちまうぞ? なのでそういうのが嫌という気持ちを否定するんじゃなくて、それを受け止めた上で自分がどう生きるのかが大切なのでは…」


「あ、あの…! もしかして…ボクのことを女の人だと思っているんですか…?」


外野からのご意見を言っている途中に遮られてしまった。

…お前のことを女だと思っているかだって? そりゃそうだろ。


「どう見たって女じゃねぇか。確かに服装は男子生徒のもんだけどよ」


その生徒の姿はまさに小動物の様に可愛らしかった。


セーターを萌え袖にし、髪を腰にまで伸ばしている。…どうやらメイクはしていない様だが、その骨格はまさしく女のものとしか見えない。

どう見ても女、この姿で女じゃないことある? 女でしかない。正しく女性とはこのことだ。


「…や、やっぱりそう見えますよね…あの、違うんです。ボク、おとこのこなんです」


「はぁぁ?? んなわけ…冗談はよしこちゃんなんだが?」


何を妄言を…いや、性自認がそっちという可能性も…? あわ、あわわ…! それなら此方が訴訟される可能性が大!?


「ほ、本当です! その証拠に…えっと、コレを…」


その自称男は懐から何か取り出した、それを俺に渡そうとする…が、俺が寝ている場所には届かない。

それをなんとか届けようと手に持っている物を投げたが…残念! 飛距離が足りない。


「あぅ!」


投げたも物は重力に従い地面へと落ちていく。…その直前に自称男の顔を経由して落ちていったがな。

あと、その程度の衝撃で倒れるもんじゃないよ…重心をしっかり保てよな。


「…うん、なんかごめんな? 普通に降りて話しかけるべきだったわ」


なんだか目の前の生物が途轍もなく哀れに思えてならない。…こう、なんというか…仕草とか動作が一々庇護欲を駆り立てられる感じなんだよな。俺にはそんな効かないけど。


取り敢えず地面で頭を回していた自称男の下まで降りる。…そこで奴が渡そうとしてきた物を拾い上げる。


「生徒手帳…?」


奴が渡そうとしたのはどうやら自分の生徒手帳らしかった。…取り敢えずペラペラと中身を捲る。


「名前は…紫悠しゆう遥稀はるき…性別は…男!?」


思わず倒れ込んだ生徒の方へと首を向ける。


「は、はい…ボク、おとこのこです…」


ど、どう見てもそうは見えねぇ…。




何故俺が屋上で寝ていたのか、その理由は単純というか特に理由はないというか…簡単に言えばいい感じの場所で寝たかった。


夏が終わり秋が始まり…気温は程々に安定している。日が出ている時間帯であればポカポカとした陽気を味わうことが出来る季節だ。


夏休みは既に終わり、始業式も既に終わり…俺は学校生活を余儀なくされていた。夏休みが終わったという喪失感は最初は大きかったが、そのうち慣れてきたもんだ。


長期休暇が終わったせいか、愛菜も家に戻り、最近は少し暇な時間を過ごしている。…今考えてみると夏休みの間ずっと俺の家にいたな…もう住めばいいのに。でもそれが出来ないもどかしさ、つれー。


いや、今はそれはどうでもいい。何故俺がここに寝ているかだ。


今の時間は昼休み、そしてこの学校は今の時期らへんに体育祭をやる。

…それだけで大体察するだろうが、そうだ。多分それであっている。


問題は昨日のホームルームに始まった。


委員長を中心としたクラスの奴等が体育祭の出場種目を決めると言った。

最初は挙手で決めると言っていたが、一部の奴等しか手をあげず、殆どの人間はじっと下を向くだけ…そう、我がクラスは殆どの生徒が体育祭に消極的だったのである。


委員長は頑張って進行役をしていたがそれでも決まらず…遂には帰りのホームルームの時間が終わる。

いつもなら教師の小話を聞いて帰る流れなのだが、その日はその話は免除され、代わりに出場種目を決めないと帰れないといった感じの流れだった。


クラスの奴等全員が早く帰りたい…という気持ちを隠さず、辺りには焦燥感だけが残っていたが、そこで一人の生徒が付き合ってらんねぇと勝手に帰り、そこから他の生徒も続く様に好き勝手に動き出した。


ちなみにだが最初に付き合ってらんねぇと言った生徒は俺だ。だって早く帰りたかったし…。

後で委員長に腹パンを喰らいながらその日のことを反省した。本当にごめんて。


その日はなんだかんだ有耶無耶になったが、出場種目を決めなければ話は終わらない…そういうわけで委員長が朝のホームルームの時にクラス全員昼休みの時間は集合しろと言っていた。


…まぁ、なんだ。…つまり俺はそこから抜け出したのである。


ほ、ほら? 今日はこんなにいい天気なんだよ? クラスの中で終わらない会議をしている場合じゃなくない? お休みしたくならない?

…と、勝手な理論を持ち出してこの屋上までやって来たのだが…そこでも面倒なことを目にしてしまった。嗚呼無情。


「まぁ…なんだ。…女は他にも沢山いるしさ、探してみればお前のことがタイプだって人もいる筈さ。…その、元気出せって」


「うぅ…慰めてくれてありがとうございます」


何の因果がこの自称男を慰めることとなった。…なんで?


「あー…言っちゃ何だが…もしかして素でそういう髪型してる? 偏見言うのは少しアレだけど、男でそこまで長い髪をしてる奴はあんまり見ないんだが…」


もし異性の恋人が欲しいのならもう少し…男らしい格好をした方がいいと思う。いやマジで。


服装の自由とか髪型の自由とかはあるのは知っている。けどこうも女性的な格好をしているのはどうなのだろうか…いや、個人的にはいいと思うんだけどね? そこら辺はそいつの自由だと思うし…でも他がそうとは限らんからなぁ。


目の前の自称男の姿はあまりに女性的な顔付きをしている。控えめに言ってそこらのアイドルを凌駕している。人の顔にあまり頓着がない俺から見て、男とわかっていても可愛らしいと思ってしまう程には可愛いと思う。


そういった部分を減らせとは言わない。むしろ活かして…可愛い系の男アイドル的な感じにすれば女の一人や二人と付き合えそうな気がする…と思うんだよなぁ。


なのでわからない。何故こいつが女性同然の姿をしているのか…やっていることと思っていることがしっちゃかめっちゃかだ。


「それは…その、…家族から遥稀はそういう格好をした方がいいって…昔からそう言われて来たから…自分で勝手に髪を切るのはダメって言われてるんだ…」


「…ほーん」


つまり、こいつは家族から、もしくは周囲からそうであれ…と生き続けて来たわけか。


「でも、ボクも高校生だし、おとこのこだし…もっと普通のおとこのこらしいことをしたいなって思って…だから、恋人を作ろうって思ったんです。…そうすれば、きっとボクは変われると思うから…」


俯きながらそう言う自称男…いや、紫悠の姿はどことなく遥稀剣というか…鬼気迫ったものを感じた。

なんとなく、その姿を見て放ってはおけないと思ってしまう。…ふ、まただな。またこういう展開だ。


「なぁ、お前から見て俺ってどういう感じに見える?」


「…えっ?」


突然何を言ってるんだと思っているだろう。けど、こういう言葉の過程を俺ぁ大事にするタイプなんだ。


「えっと…とっても強そうに見えるよ…?」


「そうだ、そして実際に俺は強い。体がデカく、筋肉質。正に男らしい男だと見えるだろ?」


それはつまり、俺が男という見本として機能するってことだ。


「お前が迷惑じゃなけりゃあ俺がお前に男を教えてやるよ。ここで会ったのも何かの縁だしな」


「っ…」


紫悠は少しだけビクッとする。…まぁ、いきなりこんなことを言えばそうなるのも仕方ないか。


「別に無理にってつもりはねぇよ。強引に押し売るつもりはない…ただ、何か力になれればと思っただけだ。別に断ってくれても構わねぇよ」


「ほ、ほんとですか? …ボクに、酷いことをするつもりはないんですよね…?」


「なんでいきなりそういう話になったかは知らんが…そういうつもりはないぞ。あくまで教えるだけだ、それを肉にするのはお前次第って感じだな」


あくまで提案、あくまで教えるだけ…俺はそのスタンスを変えるつもりはない。


「………」


紫悠は少しだけ悩む素振りをしたかと思うと…。


「お、お願いします…ボクを、おとこのこにしてください…っ!」


聞く人が聞けば、若干誤解される様な言葉でそう返して来るのだった。

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