居候契約
「…話はわかった」
謝罪も行き過ぎれば攻撃になる。これ以上は意味がないし、単なる自己満足にしかならない。だからもう頭を下げるのはやめる。
「その上で言わせてもらうが…やはり俺はお前を助けることは出来ない。事の問題が大き過ぎるし、それに俺がしゃしゃり出るものでもないしな」
こいつの人生半分背負うという覚悟があるならそれをしてもいいが…生憎そういう感情は全くないのでね…。薄情だがやっぱり無理だ。
…それがわかった上で言わせてもらうが…。
「更にその上で提案、お前暫く俺の家に滞在しろ」
「え…?」
いろいろと考えて出した結論…なんかなぁ、もうね…ダメだわ。
俺が馬鹿なことは間違いない。我ながらどうしてここまでするんだろうなと思う。
けど、馬鹿は死んでも治らないと言うし、馬鹿は突き抜ければカッコよくなるとも聞く…なら、俺はそれを貫いてみせるさ。
「俺にはお前を助けることは出来ないが、現状の維持は出来る。今のお前に必要なのは身を売る覚悟ではなく安置…安全な場所を手に入れること。俺ならそいつを与えることが出来る」
上から目線だが、現状ではその選択肢しかないだろう。他にあるとするならば…。
「まぁ、学校を休んでもいいってんならお前も爺ちゃんの家に行けばいいと思うんだけどな。もしそうするなら金を貸すのもやぶさかじゃあない」
「い、いえ! そこまでしてもらうわけには…」
と、言われてもなぁ…俺からしてみればその選択を取ってもらう方が助かる。
こいつに事情があるのはわかっている。このまま放っておくという選択は出来ない…だが、家に女性がいるという状況は流石になぁ…ほんの少し困る。主にトラウマ的理由で。
「それに家に滞在するなんて…そんな厚かましいこと…」
「ほーん…じゃあお前野宿する覚悟があるのか?」
その言葉に女はうっと唸る。
「俺は数日間野宿を経験したことがあるが…本当に辛いぞ? 地面は硬いし外は寒い。雨が降ったら一巻の終わりだ。布団なんて贅沢なもんはないぞ? それに外で寝てるってことは周囲には何も遮るものがない。つまり物もよく盗まれる」
「えっと…は、はい。そうですね…」
一瞬この人なんでそんなこと知ってるの…? みたいな目で見られたが気にせず続ける。
「俺の場合は男だから変な野郎に絡まれなくて済んだが、お前の場合は別だ。この平和な日本とて女の野宿はマジで危ない。俺はオススメしないね」
「そこら辺は…実感したつもりです」
む、言わなくてもわかっていたか。まぁそりゃそうか。
「んで、野宿以外にはホテルとかに泊まる選択もあるが…良いホテルは高い。安いホテルはヤバい…お前、トコジラミって知ってるか? ダニの一種なんだが、そいつらは人間の体温を感じてるのか、それとも臭いに反応しているのか人間にわんさか寄ってくる。噛まれたら悲惨だぜ? そらもう大変なことになる。…安いホテルにはそいつらがマジでウジャウジャいるんだが…そんな場所に泊まりたい?」
「いいいい嫌です!!」
女は首をぶんぶんと横に振る。だよなぁ…。
ああいう場所で寝泊まり出来るのは生物として上位の存在だけだからな…本気で凄いと思います。
でも俺達は凄くないので無理、諦めて普通の値段のホテルを使いましょう。
「となると、普通のホテルに住むという選択なんだが…ぶっちゃけ手持ちの残金おいくら?」
「……二万円と少しです」
「論外、満喫で暮らすとしても…まぁそんぐらいなら一二週間行けばいいくらいだろ。その間に事態が解決するわけがない。その間のホテル料金を払うなんてことは俺も出来ない…それなら新幹線代を出す方が安上がりだ」
何せ事態が解決するまで継続的に金を払わなけりゃならんからな…もしかしたら早めに解決する可能性もあるが、俺は楽観視出来ないのでね、常に最悪を想定しているわけだ。
「んでまぁそこら辺を加味すると…やはり俺の家に滞在するしかないんじゃねぇか?」
総論としてはそれ。
大人を頼れとは思うけど、こいつの口振り的にそういった人はいない様子…俺の方は言わずもがなだろう。…法的機関はなぁ…こういう会社のあれこれの時に何処でどう頼ればいいのかわからん。それを調べる為にも時間稼ぎは必要だ。
…もしかしたら父なら助けてくれるかもしれない…が、流石に他人の問題に父を関わらせるわけにはいかないだろ。これは俺が勝手にやることだからな。
「でも…」
女は目を逸らす様に俺から視線を外す…こりゃあれだな。後ろめたいとか申し訳ないとか…そんな感じだな。
そういう反応は話が長引くから怠いんだけどな…まぁ俺から提案しておいてさっさと決めろというのも流石にアレなので口には出さないが。
しゃーなし、ちょっと説得してみるか。
「言っておくが俺にはお前を見捨てるという選択肢はないぞ」
取り敢えず俺の考えた結論から。
「一度拾っておいて、事情が重いからはい捨てますなんて無責任なことはしない。俺はテメェら家族を狙った男よりもちゃんと生きてるからな、お前のことは見捨てないと決めた」
俺はいつだってそいつらの逆を生きてみせる。悪辣がなんだってんだ。そんな誘惑になんか負けたりしねぇよみっともねえ。
「お前も自分を守りたいから昨日の夜に怒鳴る俺に願ったんだろ? 恐怖を押し退けて頼んだんだろ? だったら多少の申し訳なさで自分を守れる確率を低くするな。んなもん後で何かしらの形で返せばいいんだよ。飯を奢るとか、菓子を奢るとか…」
それ以外だと…特にないかな。取り敢えずラーメンを奢って欲しい。
おっと、思考が逸れた。
「…こほん、まぁとにかく、お前はお前で全力で自分を守る選択を取れ。それ以外の感情は今はどうでもいいから捨てろ。…今だったら、俺はお前に利用されてやる」
俺はこいつに後ろめたさがある。事情を知らずに怒鳴ってしまったことがそれだ。
今だったらその後ろめたさを突かせてやる…と、俺はそう言う。
「………」
取り敢えず言えることは言った。それでも頼らないと言うのなら…どうしようか。
やべ、断られる想定してなかったな…うーん、やはり金を渡して高跳びさせるか? いや、それだと外聞がちょっと……。
「…ただ、頼らせてもらうわけにはいきません」
「おん?」
確固たる決意の声、女は晒していた目を俺の目に向ける。
「貴方の提案は私にとって願ったり叶ったりのこと…多分、今の私は貴方の力なしでは…」
「あー…いい、別にそういう堅苦重いのはいらんいらん、結局イエスってことでいいのか?」
「…それはそうですけど」
何やら不満そうな顔…なんだよ。
「あの…もう少し情緒というものはないんですか? これでも結構緊張して言っているのですが…」
「あー? …そんなもん俺に期待されても困る。俺は周囲から可愛げがないと思われて生きてきた奴だぞ? そんな情緒とかあったら今頃ハッピーに暮らしていただろうさ」
特に家族関係は改善していたに違いない。…そうだといいな。
…まぁ、とにかく。女は俺の言葉に了承したということでいいな。
「よーし、それじゃあ今日からお前は俺の家の居候だ。居候なら居候としてしっかりと働いてもらうぞ」
「…! は、はい!」
流石に何もしない人間を養うつもりはない。俺の家にいるのならそれ相応の労働をして貰わねば。
…それに、何か役割があった方が住みやすくもあるだろう。少なくともこの女はそういうタイプと見た。
「その労働を持ってお前の家賃とする。精々しっかり働いてくれよ…先ずはそうだな、そこにある食器を片付けて……」
と、そんな所でピンポーンとインターホンが鳴る。今日、誰かがやってくるという予定はない。
なんだなんだと思いながら玄関まで歩き、覗き穴を見てみると…そこにいたのは…。
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