学園の聖女様
「とまぁ、そういう奴がやって来たわけです」
ばあちゃんとか、俺の叫びとかの内容は避けつつ、その日あった内容を掻い摘んで先輩達に話した。
「なんというか…大変だな」
「…いいな、名取くんのお家に泊まるなんて…」
先輩の反応が思ったものとは少し違った…え、俺の家に来たいの?
「しかしなんでそいつを泊めようとしたんだ? そこまでする義理はないだろうに…」
そこの理由はばあちゃんが関係するから濁して言ったのだが、保険医は追撃するかの様に聞いて来た。
まぁ結果泊めたんですけどね? と言えば誰でも何故? と気になるだろう…。んー…流石に誤魔化せないか。
「あー…まぁ、ばあちゃんが困っている人は助けろと言っていたので…」
「へー、それを守っているのか…偉いじゃん」
「別に偉くないっすよ…」
こういうことを言うといつもそう言う反応をされるから困る。
別に俺として善人ぶる為にやっているわけじゃない。ばあちゃんの言葉に仕方なく従っているだけなのだから…そう言う反応されるとなんか…こう、本当の善人に申し訳なくなる。なんか烏滸がましくない?
「…おばあちゃんの言葉で、困っている人は助ける。…ね、名取くん、名取くんのおばあさんはそれ以外のことは何か言ってなかったかな?」
「んー?」
えっと、他にはどんなことを言われたか…か。
「他には…あぁそうだ。助けを求められたらそれに応えなさい。求められていなくても応えなさいって言われましたよ」
他にも幾つか言われたが、俺が特に覚えているのはその言葉だ。
「……うん、ありがとね」
先輩は微笑みながら俺に礼を言う。後ろからは幻視なのか仏のようなオーラが出ている気がする。何があったんだ。
…っと、その話をしていて思い出したことが一つ…。
「すいません先輩…少し用事を思い出したのでご飯中に行儀が悪いのですが…離席してもいいですか?」
「え、…うん。気にしないでいい…よ」
笑って許してくれた先輩に頭を下げつつ、手提げ袋の中に入れていた俺の弁当…とは別の弁当を取り出す。
そうして、俺は保健室を出ていきとある場所へと向かっていくのだった。
─
この学園には様々な名称を与えられた生徒がいる。
クラスの人気者の中でも飛び抜けた存在…学園で数人はいる周囲の人間から情景や羨望の眼差しで見られる者…。
学園の王子様、学園のアイドル、学園の天使、学園のお姫様…学園の爆乳美少女幽霊…そんな生徒達がこの学校にはいる。
さて、我等が一学年にも同じような名称を付けられた生徒がいた。
それはは学園の聖女様。
清く美しく、その場にいるだけで周囲に清涼感を与える存在…その姿を見ればどんな不良だって心を入れ替えるとされる。
平等に全員に優しく、そして気高い存在…嗚呼、それこそが学園の聖女…
……正直な感想言ってもいい? 多分聖女って言われる方は死ぬほど恥ずかしい思いしていると思うよ? 普通に考えて聖女様って呼ばれたくないと思う。俺なら嫌だ。
あ。…こほん…今の俺はナレーターだからな、自を出すのはやめておこう。
…さて、そんな聖女様に近づく男が一人。
クラスの中が一切にざわめく、聖女様と談笑していた女子生徒が怯えた様な表情をしていた。
その近付く男こそ、この学園で唯一の不良…孤高の一匹狼…噂では女を百人単位で性奴隷にしているとの情報もある。
その名は名取愛人…え、俺?
俺ってそんなふうに思われてたの? ま、マジで?? …マジか…本気でショックなんだけど…つら。
…ナレーターを続けます。
……男は聖女に近付きこう言う。
「おい、ちょっと面貸せ」
一学年を超えて全学年でも一番の不良の第一声がそれ、周囲の人間は聖女様がその男の毒牙にかかってしまうと恐れる。
「お、おい! いきなり来てなんだよ!」
一人の勇気ある者が名取愛人の肩を掴もうとする。しかしその伸ばした手がその男の肩に触れる直前。
「あんだよ」
「ひっ…!」
その手が触れる直前、そのことに気付いた名取愛人が振り返ってその者を睨みつける。…別に睨みつけたつもりはないけど。
…それを見て男は伸ばした手を引っ込めてしまった。簡単に言えば恐れをなしてしまったのである。
それを見た他の全員ももう何も言えなくなってしまった。
それもその筈、聖者様が所属しているクラスは特進クラス…学校の中でも成績上位、品行方正な人物が所属しているクラス。有体に言えば真面目で大人しい人達が多く所属しているクラスである。
そんな彼らが名取愛人のような不良に突っかかれるわけがない。先程の男は相当勇気ある者と言えよう。
「……わかりました」
聖女様は先から立ち上がり、その不良の言葉を受け入れる。クラスの中の誰かが、あぁ…! と悲痛な叫びを上げた。
「時間は取らせねぇよ」
「……はい」
そうして聖女様は不良に追従する。そして二人して教室から出て行ってしまった。
生徒達は今から聖女様の辿る運命を嘆き、周囲には通夜の様な空気が流れていた。
あの様な不良が聖女様に要求することは一つ…名取愛人は聖女様の汚れのない体を犯───。
ガラッと教室のドアが再び開く。
時間にして一分か二分そこらの短い時間、聖女様は何食わぬ顔顔で元の席に戻っていく。
「だ、大丈夫だったの!? 聖ちゃん!」
「え? …あ、はい。何がですか?」
「だから、あんな不良に呼び出されて何かされなかったの? それこそえっちなこと…」
「お、おい! やめろ! 高嶺さんにそんなこと言うなよ!」
心配の声を上げた少女が慌てて口を自分手で塞ぐ。…幸いにも聖女様は少女の言った言葉が聞こえなかったかの様に…。
「どうしたんですか?」
と、心配そうな顔で聞き返す。
「う、ううんなんでもないの…それで、本当に何もされなかったの?」
少女は自分の発言を誤魔化せたと思っている様だ。そのことに安堵し、もう一度心配の声を掛ける。
「名取さんのことですか? はい、特には」
周囲はその言葉を聞きようやく安堵した。だがそれ故にあの不良が何故聖女様を呼び出したのかが気になって仕方ない。
「むしろ名取さんには感謝しないと…その、名取さんはわざわざ私のわ……落とし物を届けて下さったのですから、名取さんって優しい方なんですね」
聖女様が朗らかに微笑む。
生徒達は聖女様の言葉を訝しげに聞き、聖女様の安全の為に善意の忠告を告げる。
ああいう危ない人には近付いちゃダメだよ。とか、どんな人も優しいとは思っちゃダメなんだよ…とか。
「え、ええ…ですが、人を見た目で判断してはいけないと両親から教わっていますので…それに話してみると案外良い人かもしれませんし」
流石聖女様、あんな不良に対しても慈悲深い。
しかしクラスメイト達は自分の言い分を変えることはしない。善意の忠告を聖女様に向けて皆一切に言う。その勢いに聖女様は少したじろいでしまっていた。
「そ、それよりお昼にしましょう…!」
都合が悪かったのか、それとも人の悪口を聞きたくないのか…話の流れを変えるべく聖女様がそう言う。
その言葉に…あれ? 聖女様って今日弁当忘れたんじゃなかったの? と言う無遠慮者がいた。そいつは陰で聖女親衛隊(高嶺聖ファンクラブ)にボコられることになる。
「よ、よく見たら鞄の下の方に入っていまして…う、うっかりしてしまいました…」
そんな言葉を聞き流しながらその聖女様…高嶺聖は誰にも気付かれてはいないが、冷や汗を流しながらそんなことを言う。
そんなうっかりな所も素晴らしい。まさに人間空気清浄機、クラス中がその所作にほんわかしていた。
何故彼女が冷や汗を流しているのか…その理由は先程の二人の様子を見ればわかるだろう。
それでは、視点をほんの少し過去に戻して…その二人の方へ──。
─
「おい、お前」
「本当にごめんなさいっ…」
二人は少し移動し、他の生徒が誰もいない場所にいた。そして名取愛人の開口一番の台詞。
「お前さぁ…人に弁当を作ることを頼んどいてさぁ…普通忘れる? 作った人の気持ち考えて?」
「お、仰る通りです…」
男…いやもうナレーターはいいか、…俺は不満たらたらの声で目の前の聖女をなじる。
「はぁ…まぁ別に同じ学校だから忘れ物を渡せるから問題ないけどよ。こうやって隠れて渡すのめんどいんだよ。お前はなんか死ぬほど清楚〜な感じを醸し出しているから話しかけづらいし…周りの反応もなんか変だし…俺からしてみればお前なんてただのアホンダラなんだけど」
「…す、すみません」
さて、大体の文句は言ったところで…本来の目的を果たす。
「んじゃ、はいこれ。次から忘れんなよ」
そう言って渡したのは手提げ袋の中に入っていた弁当。
「すみません…ありがとうございます」
そう、この女…高嶺聖こそ俺の家にやって来た失礼な奴で、そして今現在も滞在している居候。
なんでこんなことになったのかと言えば…まぁ、こいつの事情を聞いてしまったからだ。
放っておけなくなってしまった。見放せなかった。…だから俺が同居の提案をして、そしてこいつはそれを受け入れた。
その一連の流れは…あの夜が明けた次の日に……。
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