4-3

 ファビュラスにとどめを刺すのを後回しにして、彼女に歩み寄って行った。彼女は短剣を構えていたのだが、意にも介さず近付いてきた。戦う勇気もなかった彼女は短剣を落としてしまった。

「大人しく捕まるから、もうやめて」

 声が、涙で震えていた。

「何を泣いているんだ、別に君をいたぶろうって訳じゃないんだよ」

 メテオは、ペットを撫でるように顎下に触れた。「写真で見た通りだ。体は華奢で肌は色白で目は澄んでとても綺麗だ」舐め回すように彼女の全身を眺めた。

「君をずっと探していたんだよ。聞くところによると、君は危険な研究をしていたんだって。それは君なりの事情があったんだろう、私には分かるよ」

 メテオは彼女の両方を掴んだ。

「でももう大丈夫。私が君を守る。そんな研究をしなくて良い生活を送らせてあげるよ」

 広場では、乱戦が終わろうとしていた。武器を持たない人間との戦いが多かった警備軍と、得体の知れない魔物と常に戦い続けていた駆除隊の実力差に開きがあったのは当然であった。一人、また一人と戦いに敗れていくにつれて、少しづつ剣の音も無くなって行った。

「これで全て終わりだ、君を見つけるのはとても大変だったんだから。でも最初からこうすればよかったんだよね。君は王妃をとても大事に思っていると聞いていたからさ」

 ファビュラスは、メテオが背中を向けている間に立ち上がった。しかし彼は、ルーナと目が合い、彼女が小さく首を横に振っているのが分かった。

「さあ、君は私が用意した牢屋で暮らすことになるけど、君には私がいるからね。何も心配いらないよ」

 メテオは、広場で行われている戦いを放ったらかしにしたまま、ルーナをつれて立ち去ろうとした。その瞬間、メテオの首元に剣が現れた。誰かが背後から突きつけたのだ。ゆっくり振り返ると、今度はウィードがいた。

「隊長、もうやめましょう」

「貴様誰に楯突こうとしているか、分かっているのか」

「分かっています。でも、例え隊長であっても、間違っている事には間違っていると言いたいんです」

「間違い、何がだ。彼女は国を危険に晒そうとしたのだぞ」

「本当にそうですか。隊長の目でそれを確かめたのですか」

「王の言葉を疑う訳にはいかないからな。貴様は、王の言葉を信じないというのか」

「そうではありません、俺はただ…」

「俺はただ、何だ。言ってみろ。…そうか分かったぞ、この女だな。お前はこの女を」

 ウィードはメテオが喋り終わる前に構え直し、ルーナに当たらない軌道で剣を振った。メテオは最小限の動きで軌道から体を外した。攻撃に気を取られた隙に、ウィードは彼女の腕を掴んでメテオから引き離した。「離れて」小声でそう伝えた。

「まさか、お前が私に楯突く日が来るとはな。愚かに盲信していたお前が。本当に私が切れるのか。私を殺すのはお前の存在意義を失うも同義だぞ」

 「うるさい!」ウィードの声には、怒気が混じっていた。

「俺だってこんな事はしたくない。隊長と戦いたくないに決まってる。けど、俺自身がそうした方が良いと決めたんだから、そうするだけなんだ」

 広場には、駆除隊でありながらこの戦いの疑問を抱いている者もいた。ホセもリンドもブレオも、そう思っていた。ウィードの言葉を聞いた時、彼らは自分たちの今の行いが間違いであると気がついた。元々、駆除隊はメテオ派とウィード派に分かれていた。これは派閥どうしで争っているとかそういう話ではなく、単にどちらを慕っているかというだけだ。ウィードを慕う者たちは、彼の先の言葉を聞いて、一斉に寝返り、そして彼らは警備軍に加勢した。

「また騒ぎが大きくなったな」

 メテオの興味は、もはやルーナにしか向いていなかった。この広場での争いの行末など気にもしていない。「彼女を返してもらおう」メテオがウィードにそう告げると、二人の戦いが始まった。ファビュラスと戦った時とは比べ物にならないほどの剣の動きの速さ、鋭さだった。剣のぶつかる音、風を切る音が全く違う。

「お前は自分の心を押し殺して皆に役立とうとする男であった」

「その通りだ、俺はそういう生き方の方がよっぽど合っている」

「しかし心で考えている事は分かりやすい」

「だからどうした」

「分かっているぞ、お前はあの女を」

 またそれを言葉にしようとした時、ウィードの剣は激しさを増した。メテオがその力強い一撃を受け止めると、息が止まるほどであった。

「そんなに嫌か、自分の心の内をバラされるのは」

「別に嫌じゃないです。そうではなくて、その感情一部だけで俺の全てを理解した気になっているのに腹が立つだけです」

「それは悪かったな。ただ、彼女はこれから私と暮らすのだ。彼女にとってそれが一番良い。彼女もそれを望んでいる」

 メテオがウィードの腹を突きにかかると、体を捻って直撃は避けたのだが脇腹をほんの少し掠めた。その痛みを気にも止めず最小の動きでメテオの腕を切り落とそうとしたが、肩に僅かな傷を負わせるだけだった。

「それは貴方が決める事ではない」

「残念だが、物語はお前が望む通りには進まないぞ。私を殺しでもしない限りは!」

 メテオの痛烈な一撃を受け止めた時、ウィードの剣が折れ、さらに体勢を崩された。決定機と見るやいなや、追撃を加えてきた。メテオはウィードの胸に剣を突き立てようとした。それを左腕で受け止め、上腕を貫通するも胸の前で止まった。ウィードは右足を踏み込んで、折れた切先をメテオの隊長に突き刺した。決着には充分な一撃だった。メテオは剣を放し、膝から崩れ落ちた。

「そりゃあ、俺の望み通りの物語になってほしいです。でも彼女には彼女の望みがある。結末は誰にも分からない。だから俺たちが勝手に決めちゃいけない…と思います」

 ウィードの左腕には、剣が刺さったままだった。

「ルーナ、君のお願いの通り、止めてみせたよ」

 彼が振り返った先には、彼女はいなかった。ルーナはファビュラスの方へ駆け寄っていたのだ。ファビュラスの腹からは血が滲んでいた。傷が、完全に開いてしまったのだ。

「僕なら大丈夫だ」

 ファビュラスの意識ははっきりしていた。

「生きていてよかった」

 ルーナはファビュラスにキスをした。

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