第51話 ジュストの一番大事なもの③

 人に諭されて気づくなんて。

 ジュストが側にいて、萌を浴びるほど浴びて、その存在が当たり前みたいになっていた。

 本当に僕の応援が、ジュストのエネルギーになってる?

 そうだったら、嬉しい。


「あら、もう引き篭もりは止めたの?」


 部屋から出てくると、居間にいた母がチクリと嫌味を言った。


「気が済んだ?」

「迷惑かけてごめんなさい」


 素直に謝った。


「私達ではなくジュストに謝りなさい。あんなに毎日あなたに声をかけてくれて、優しいお兄様はいないわ」

「はい」

「可哀相なジュスト。私達には悟られないようしていますけど、かなり消沈していたわ」


 母達も今回の引き篭もりがジュストに与えた影響を知っているようだ。

 罪悪感で胸が痛い。


「ごめんなさい」

「もう二度とこんなことはしないでね」

「はい」

「ジュストにちゃんと謝るのよ」

「わかっています」

「それから、罰としてイベルカイザの歴史書全巻丸写ししなさい。期限は五日よ」

「え!」


 イベルカイザの歴史書。建国一千年の歴史書は分厚くて、冊数も十冊になる。

 それを五日で丸写し?


「取り敢えず今日は見逃してあげますけど、明日から覚悟しなさい」


 ニコリと微笑むが、有無を言わさない押しの強さがあった。


「はい、わかりました」

「そう、いい子ね」



 ジュストが何時頃帰るのかはっきりわからなかったので、ギャレットは物音がするたびに窓辺に行って確認した。

 先に父親が帰って来たので、引き篭もりは止めたと伝えると、ジュストにちゃんと謝れと母と同じことを言われた。


 そしてようやくジュストが帰宅したのは、もうすぐ真夜中になろうかという時刻だった。


「お、お帰りなさい…ジュスト」


 玄関で先に出迎えた侍従に上着を預けているジュストに声をかけると、はっと息を呑んでこちらを振り返った。


「ギャレット…」


 こちらを見たジュストの目の下には隈が出来ていて、心なしか頬も痩けている。

 上着を受け取った侍従が遠慮していなくなり、玄関で向き合った。


「お帰りなさい。そして、ごめんなさい」


 深々と頭を下げて謝った。


「顔を上げて」


 言われて頭をゆっくりと上げると、頬を両手で挟まれて目と目が合うように仰向けにされた。

 ヒヤリと冷たい手だった。


「ただいま、ギャレット」


 じわりと涙が赤い目に滲む。

 両頬に触れる手に、ギャレットがそっと手を重ねる。


「もう二度と口をきいてくれないかと思った」

「ごめんなさい。僕、ジュストが嫌いになったわけじゃないんだ」

「うん、そうか…良かった」

「ジュストが、僕を置いて遠くへ行っちゃうかと…もう、何でも話せるような仲じゃなくなったのかと…それで、勝手に拗ねて」

「俺はどこにもいかない。ずっとギャレットの側にいるよ」

「でも、いつか言ったよね。モヒナート家は、僕が継ぐべきだとか…そしたら、ジュストはどうなっちゃうの?」


 赤い目に動揺が浮かぶのが、見つめ合っているためよくわかった。


「モヒナート家はギャレットのものだ。それは変わらない。でも、俺がギャレットを置いて何処かへ行くとか、そんなことは考えていない。今までも、これからも俺の一番で特別なのはギャレットだ」

「僕の一番も兄上だ」


 そう言うとジュストが深いため息を吐いて、額同士を擦り付けてくる。


「わかってる? 一番で特別ってことは、他にギャレットより大事な存在がいないってことだよ」

「う、うん、それが一番ってことでしょ?」


 世の中の常識で、一番は二番より上でその上はない。

 その上、特別という言葉が加わるのだ。


「心配させてごめんなさい。もう、あんなことしない。どんなことがあっても、ジュストのこと信用しているから。だから、今回は許して。その代わり、ジュストの言うこと何でも聞くから」

「何でも? 大盤振る舞いだな。そんなこと言って、後悔しないか?」


 額同士を付けているので、ジュストの表情の全てを視界に収めることができなかったが、ジュストの口角が上がり、微笑んだのがわかった。


 #なんでも__・__#は言い過ぎたかな?


 ちょっと後悔して後退ろうとしたが、そんなギャレットをジュストはしっかり掴んで、逃げられないようにする。


「なんで、逃げようとするんだ?」

「え、な、なんでかな…」

「心配しなくても、ギャレットに出来ないことは頼まないよ。怖い?」

「こ、怖くないよ。ジュストが僕の嫌がることしないって信じてるから」

「そう、信頼してくれてるんだ。嬉しいよ」

「うん、だって兄上だもの」

「#兄上__・__#ね。じゃあ、早速頼もうかな」

「兄上?」


 何を言われるのかと緊張して、ゴクリと唾を飲み込んだ。


 そんなギャレットに、ジュストはそっと耳の横で囁いた。




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