第46話 卒業後の人生②

「オハイエ嬢、どうやらお城勤めされるらしいわ」

「女官になられるの?」

「どうやら違うそうよ。王太子様からの特別計らいで、王太子様の執務室で勤務されるらしいわ」

「え、じゃあ、ステファン様やジュスト様と同じところ?」

「くやしい、三年間お二人と同じ教室にいて、また一緒なの」

「でも、そういう話し、聞こえてきませんでしたわ。お二人と恋人になる可能性はないのでは?」

「けれど、ジュスト様たちも、オハイエ嬢もまだ婚約者がいらっしゃらないでしょ、どうなるかわかりませんわ。もしかしたら私達の知らないところで、密かにお付き合いをされているかもしれませんわ」


 学園の卒業式。保護者席にいると、そんな話が聞こえてきた。

 レーヌって、働くの?

 壇上に上がってきたレーヌは美しさに更に磨きがかかっていた。

 けれど、ステファンとも、もちろんジュストとも誰とも恋愛フラグが立っていない。

 それはステファンたちもにも言えることだけど。


 ジュストとレーヌの婚約話は、向こうに打診する前にジュストの強固なまでの拒否により、霧散した。

 モヒナート侯爵があんなジュストは初めて見た。と、何度も言うくらい、ジュストの抵抗は激しかった。

 でもそれはレーヌに限ってのことではない。

 ジュストには山のように縁談話が舞い込んできたが、そのどれも断ってほしいと、相手が誰かも聞かずに言った。


「何か考えでもあるのか?」


 侯爵が尋ねたが、ギャレットが成人するまでは放っておいてくださいと、珍しく頼み込んてきたので、侯爵夫妻もそれ以上追求しなかった。

 レーヌはジュストを気にしていたのは確かなのに、なぜ学園にいる間に何も起こらなかったのだろう。


「あのお嬢さん、以前あなたとぶつかった方よね」


 卒業証書を受け取り、席へと戻っていくレーヌを見たナディアが言った。


「はい」

「お茶会でオハイエ伯爵夫人を見かけたことがあるの。派手な装いで娘の自慢ばかりしていたわ。あなたより二つ下だったかしら」

「私も存じ上げていますわ。上のお嬢様のことを勉強ばかりで気が利かないとか、愛想がないとか、陰で異母妹を虐めているとか、それで折檻したのだと仰っていましたわ」

「以前お会いした時に、腕に切り傷や火傷の痕がありましたわ」


 小声で話すナディアとキャトリンの話が耳に入った。


「痛ましいわね。ジュストを引き取った時を思い出すわ。けれど、あの子の時と違って彼女には保護者であるお父上がいらっしゃる手前、何も出来ないわ」

「ギャレットが、ジュストの婚約者にすればどうかと、言ったのだけど、それだけで将来を決めてしまうことは出来ませんわ」

「ギャレットなりに考えてのことだったんでしょう」


 確かに軽率な提案だった。何よりジュストの気持ちを無視したものだったと反省している。

 でも未だにレーヌは家族から蔑まれているんだと思うと、何とかしたいとも思う。

 本当ならレーヌは学園でジュストと親密になり、たとえ互いの傷を舐め合う関係でしかなかったとしても、そこに救いを見出していく。

 そしてジュストに愛され、ステファンを愛することで己の存在意義を見出し、逞しくなっていく。


 しかしジュストが闇落ちしなかったため、彼女が掴めるはずの幸せを奪ってしまったと言える。


(何だか責任を感じるな)


 今からでも自分に出来ることはないだろうかと思う。


(いっそ僕の婚約者に。いやいやそれは流石に皆が認めてくれないだろう)


「ジュスト=モヒナート」

「はい」


 などと考えていると、いよいよジュストの番になった。


「ああ、ジュスト様…ス・テ・キ」

「あの濡れ羽色の髪。赤いルビーの瞳。ミステリアスね」

「あれの良さがわからず、悪魔などとベルク辺境伯のご子息も酷いわね」


 ベルク辺境伯子息。

 忘れもしない、ジュストに言い掛かりをつけた男。

 確か年上だったはず。


「男の嫉妬も醜いですわ。何かとジュスト様を目の敵にされて、嫌がらせや嫌味を投げつけて、まったく男らしくありませんでしたわ」

「ジュスト様は言い返したりせず、ぐっと我慢されて、ご立派でしたわよね」


 ジュストは何も言わなかったが、やはりそんな嫌がらせを受けていたんだ。

 でも、口答えしたり挑発に乗ったりしなかったなんて凄い


「王太子様がそのことをベルク辺境伯子息に注意されたものだから、権力者に取り入って尻尾を振る犬とか何とかまたエスカレートしていましたわ」

「でも休学されてある意味良かったかもね。子息と離れることが出来たのですから」


 盗み聞きだったが、その言葉にギャレットは大いに頷いた。ベルクの嫌がらせがどんなものか知らないが、あの時にジュストに向けて言った言葉を思い出す。

 彼の家は隣国との境。赤い目を悪魔の目だと迫害する因習が未だに残る場所に近い。

 彼もまたその考えのもとに育って、未だにそれを信じているんだろう。

 この先も出来るだけ関わりたくないものだ。


 でも、そうはいかなかった。

 災難は忘れた頃にやってくるものだ。

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