第32話 闇の天使①

 人混みを抜け、ジュストのいる場所へと急ぐ。


「モヒナートさまぁ、おめでとうございます」

「素晴らしい試合でしたわ」


 そんな声に囲まれている黒髪が、人々の中心に見える。


「あに」

「あの」


 兄上、と声をかけようとした時、逆に呼び止められた。


「あ」


 そこに居たのはレーヌ=オハイエだった。


「あなた、ジュスト=モヒナートの弟さんね」

「は、はい」

「あなたのお兄様のことで、お聞きしたいことがあるの」

「え?」


 彼女に人の通りの邪魔にならないところへ誘導される。


「あなたがモヒナート侯爵夫妻の実子で、彼が養子。ということで間違いありませんか?」


 何を知りたいのだろう。ジュストがモヒナート侯爵家の血を継いでいないなら、対象ではないと思っているのか。


「たとえそうでも、兄上は立派にモヒナート家の次期当主としての才覚があります」


 たとえ本人が家督を継ぐのはギャレットだと思っていても、それはジュストが不出来だからではなく、彼がギャレットに気を使っているからだ。


「彼が、どういう経緯でモヒナート家に引き取られたのか知りたいの」

「それを知ってどうされるのですか?」


 小説では、ジュストが自分の生い立ちについて自ら彼女に語る。今このことを聞くということは、ジュストはまだそういうことを打ち明けいないということだ。

 だとしたら、二人の関係はそれほど進んでいないということだろうか。


「知りたいの。彼がどういう風に生きてきたのか」


 ただの興味本位と取れなくもないが、彼女の様子からそのようには見えない。


「人には知られたくないこともあります。本人の承諾なしには、教えるわけにはいきません。賢いあなたなら、おわかりでしょう?」

「そ、そうなのだけど…でも」

「ギャレット!」


 ジュストの声がしたかと思うと、腕が伸びてきて後ろへ引き寄せられた。


「オハイエ嬢、弟がどうかしましたか?」


 後頭部がジュストの胸に当たる。上を向くと険しい表情をしているのが見えた。


「兄上、準優勝おめでとうございます」


 言いたかった言葉を口にして、振り返って抱きついた。


「きゃ~」

「と、尊いわ」

「闇と光の天使ね」


 こちらを見ていた女性たちから、そんな声が漏れ聞こえる。


 闇の天使とはジュストのこと?

 小説では悪魔とか言われていたが、評価は百八十度変わっている。

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