第23話 ジュストのトラウマ②
医務室へ連れて行こうとしたジュストの手をレーヌが払い除けたことで、その場の空気が一瞬凍り付いた。
「あ…」
彼女の顔に、後悔と懺悔の表情が交互に浮かぶ。
「ご、ごめんなさい」
爪で引っ掻いたのか、ジュストの手の側面に赤い血が見えた。
「兄上、大丈夫?」
「ジュスト?」
ナディアとギャレットがジュストを囲む。傷はとても小さいので大したことはなさそうだった。
ナディアがポケットからハンカチを取り出し、手に巻いた。
「あ、ああ大丈夫だ。ありがとう」
結んだハンカチを見て、ジュストがお礼を言った。
「わ、私…そんなつもりでは」
泣きそうな声で、レーヌがオロオロする。
「やあ、ジュスト、こんなところにいたのか」
そこへその場の空気を一変させる明るい声がして、ステファンが現われた。
「何かあったのか?」
ジュストとナディア、そしてギャレットだけでなくレーヌ=オハイエの姿を認め、ステファンの笑顔が一瞬にして消えた。
「な、何でもありません」
「あ」
ステファンが現われたタイミングでレーヌは踵を返し、その場から走って逃げた。
「オハイエ嬢と何か?」
「何も無い」
ナディアやギャレットが何か言う前に、すかさずジュストが答えた。
「おいおい、俺のことをばかにしているのか。この状況で何も無いと言われて、そうかと思うわけがないだろう。ですよね、ナディア様」
ジュストが何も無いと言ったので、今度はナディアに尋ねる。
「ごめんなさい、いくらステファンでも、言えないわ」
腕に傷があることを、本人の承諾も無いうちに他人においそれと口にすることは、同じ女として憚られると思ったらしい。
「ギャレット」
ナディアからも拒否されて、ステファンはダメ元でギャレットにも声を掛ける。
「僕、さっきのお姉さんとここでぶつかっただけだよ」
嘘は言っていない。
「あら、ステファン、キャトリンたちは来ていないの?」
話の方向を変えようとしたのかどうかわからないが、ナディアはステファンが一人でいることを不思議に思って問いかけた。
「カレンが熱を出したそうで、来られないと連絡がありました」
「まあ、カレンが…大丈夫なの?」
「夕べは今日のことを楽しみにしすぎてなかなか寝なかったらしく、それで熱が出たみたいです」
「そうなの、それは心配ね。帰りにお見舞いの品を持ってアベリー家に寄って様子を見てくるわ」
「ぜひそうしてください」
「じゃあ、今日はキャトリンとカレンの分もステファンのことも応援しなくてはいけないわね。ギャレット」
「僕は兄上専門の応援隊です。ステファンの応援なんかしている暇はありません。応援したいなら母上だけでそうぞ」
ステファンに恨みはないが、ジュストとステファンのどちらを取るかと言われれば、もちろんジュストだ。
「ええ、それはつれないなぁ、俺もギャレットの兄みたいなものだろ」
「ステファンはカレンのお兄さんで、僕のお兄さんではありません」
そう言って、ジュストの腕に腕を絡めて抱きつく。
ジュストの顔色を窺うと、さっきより顔色は良くなっているが、此方を見るジュストの笑顔はぎこちない。
「ありがとう、ギャレット」
掴まれていない方の手で、ギャレットの頭をくしゃっとジュストは撫でた。
「そうだステファン、俺を探していたのか」
「あ、そうだ。そろそろ剣術大会に出場する選手は準備する時間だ」
「もうそんな時間か。母上、ギャレット、また闘技場で会いましょう」
さっきのジュストの様子が気になったが、どうやら立ち直りつつあるようだ。
「兄上頑張ってください」
「ああ」
さっきの動揺が試合に響かないといいがと、心配しながらジュストとステファンと別れた。
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