第3話  赤い目の少年③

 その赤い目に、わたしは吸い込まれそうになって見入っていた。


 耳元ではギャレットの両親が何やらわめいているけれど、その不安げに揺れる目は、何かを恐れているようだった。


 ジュスト=モヒナート。


 TL小説の「放蕩貴族は月の乙女を愛して止まない」に出てくるメインキャラクターの一人。


 そのポジションは「当て馬」だ。しかも不憫としか言いようがない立ち位置だ。


 隣国シェルテーレの一部の地域では「赤い目」は悪魔の生まれ変わりと言われ、忌み嫌われている。

 このイベルカイザ国の殆どの地域では、それは因習としてとっくに廃れていたけれど、境界にある村では未だその言い伝えは残っている。


 物語では詳しく彼の両親については語られていないが、そんな言い伝えが色濃く残る地域で、彼は「悪魔」と呼ばれ生まれてすぐに両親に捨てられたのではないだろうか。


 そして教会の地下に閉じ込められ、長い間満足に食事も与えられず虐待され続けていた。

 彼が殺されなかったのは、呪われることを恐れたから。


 ある時、彼が捕らえられていた教会のあるブルムという村が、大雨により村の半分が水没した。

 復興に訪れたモヒナート侯爵は、何とか難を逃れた人たが避難していた教会を訪れた。

 そこで、偶然地下に捕らえられていた彼を見つけ、彼を助け出した。

 救出にあたり、教会や村長とひと悶着あったらしいけど、モヒナート侯爵はイベルカイザ国の宰相を勤める人物であり、優秀な騎士でもあった。

 半ば強引に彼を連れ出したと、小説には書いてあった。


 あまりに幼い頃から捕らえられていて、彼に名前などまったく覚えておらず、とりあえずジュストと名付けた。

 それは侯爵の今は亡き弟の名前だった。


 虐待されすっかり怯えていたジュストは、助けてくれた侯爵にも最初なかなか心を開かなかったが、妻のナディアには少しずつ心を開いた。


 そして子宝に恵まれなかった二人は、彼を養子に迎えた。


 しかし三年後、ナディアは子どもを身ごもった。

 それがギャレットだった。


 ギャレットが生まれて二人は迷った。実の我が子と養子のジュスト。どちらを侯爵家の後取りとすべきか。

 ジュストはその時六歳。引き取られたとき三歳だった彼は、生まれたときから言葉というものを教わってはいなかった。

 しかしもともと優秀だったのだろう。言葉はすぐに覚え、一年と経たないうちに会話は問題なくできるようになっていた。


 話し合った結果、暫く様子を見て決めようということになった。

 もし、後継ぎを決めないまま侯爵が亡くなった場合は、夫人が決める。

 夫人も共に亡くなった場合に備え、彼らは親友のアベリー侯爵夫妻を代父母に指名した。


 代父母とは実父母や養父母が、子が成年に達する前に万が一命を落とした時、後見人になり、代子となる者が成人に達するまで面倒を看るというものだ。


 貴族、特に騎士を勤める場合は代父母を立てることが多い。


 アベリー夫妻には、ジュストとちょうど同じ年の男の子がいた。


 それが小説のヒーロー、ステファンだった。


「お、お父様、ギャレットは・・」


 ズボンの生地をぎゅっと握りしめ、不安げに此方を見るジュストに、見かけは五歳でも、中身はアラサー女子のわたしはキュンとなった。


(ちょっと、何その表情、可愛いじゃない)


 ショタに目覚めた瞬間だった。

 確かジュストとギャレットは六歳差。

 同じように天使の容貌の自分(ギャレット)も可愛いけど、まだちょっと幼すぎる。少年のあどけなさと将来きっと男前になるだろう(実際挿絵はかっこよかった)片鱗が垣間見えるジュストを見て、知らぬ間に新たな性癖を発見してしまった。


「ああ、そうだ、ギャレット、何があった? ジュストが自分のせいだと言っているが、本当か?」


 体を少し離し、父が頭の怪我について尋ねる。


「そうよ、ギャレット。怒らないから正直に言って」

「えっと…」


 チラリとジュストの方を見る。彼は唇を噛み少し俯いてこちらの答えを待っている。


 これは、小説の中で過去の出来事として語られていた「あの事件」だと思い出した。


 それはギャレットが五歳、ジュストが十一歳の時に起った。

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