第10話(閑話) 勇者、足止めを食らう
学術研究都市ディルノアまでは、竜の背中でひとっ飛び……とはいかず、聖水の泉が瘴気に溢れていたら浄化をし、聖水の泉に突撃途中の魔物の一団がいたら討伐し……それを繰り返していた。
「空からだと異常を見つけやすいな」
いったいどこの誰がこんなことを行なっているのか。魔物を操り世界を汚すのも、ほんの少しずつ。小さな努力をコツコツと……どうも悪者のするソレではないと。それが少し不気味だ。そして実際、勇者である翔の足を止めることに成功している。
それもあってか、ディルノアの
「ニーナハ モリデ マツ」
門兵達が街に入る門を潜る商人や冒険者達一人一人の身元や持ち物を確認しており、そのせいで長い列が出来上がっていた。
「そうか~目立っちゃうもんなぁ」
勇者一行の本体である翔達は出来る限り目立たないように進んでいた。
冒険者や傭兵隊が活発に移動しているので、そういう点では違和感なく行動できているが、なんせ竜は珍しい。レイジーですらニーナ以外の竜を見たことがない。
『この辺りに住んでいた竜は前回の魔王浄化戦の際にかなりやられちまったって話だからなぁ』
竜は単純に人間より強く凶暴なため、魔王が人間より先に攻撃対象にしたという過去を持つ。
(そう考えるとニーナってかなり温厚な方なのかな?)
なにしろ捨てられていた人間の子を育てていたのだから。
「レイジーさん、なにかいい手はないですか?」
「オレぇ!?」
「レイジーさんというか、それ……」
レイジーのマントの下には、皮のベルトにしらばれた古い『魔道書』が。これは翔の胸元で揺れる金色の鍵の部屋から飛び出してきたものだ。英雄の一員として選ばれた、魔法使いの末裔のみ使うことがきる。
「なんかあったかなぁ~これ……本当に数が多くってまだ全部確認しきれてないんだよ~」
「ガンバレ ガンバレ」
翔ではなく、ルチルとルッチェが期待するような視線をレイジーに送っていた。ニーナは横目で見ているだけだ。さっさとやりなさい、と言いたげに。
この本には歴代の英雄の一員である魔法使い達が使っていた魔術が記されている。この魔道書の持ち主となったレイジーはそこに記された魔術を使うことができたのだ。
古い魔術は年々使えるものが減ってきている。魔王が発生する度に細やかな魔術は消え去り、今では古代魔術とまで呼ばれるようになっていた。
(まさか先人達もここまで魔術が衰退するとは思ってなかっただろうな~……)
レイジーはペラペラと魔道書をめくりながらそんなことを考える。
「うーん……ああ、これなら! 姿を消すってやつ!」
「ええ! そんなすごいのが!?」
そんな魔法が使えたらどんなところでも侵入し放題だ。
「いやこの魔術さ。生き物にしか使えないんだけど、使える大きさが大人の鶏程度なんだと」
(それでも結構大きいよな……)
この世界の鶏(と呼ばれる鳥)は翔の世界の鶏とサイズが違う。鶏サイズというと、人間の未就学児程度になら使えるということだ。小さくなったニーナならその範囲だろう。
「一度魔術を使うと半日程度は効きっぱなしってことだから、ニーナ、俺たちとはぐれんなよ。俺にも見えなくなるからな」
言われるまでもない、とレイジーをひと睨みしたニーナは小さくなったあと、そっとルチルの肩にとまった。よしよし、とルチルが優しく撫でている。
長い行列を待ち、ディルノアの街に入った頃にはもう夜になっていた。
「腹減ったな~食堂閉まってねぇといいけど」
翔はあまり酒場に近づきたがらなかったので、レイジーはできるだけ通常の店で食事をとるようにしていた。
こちらの世界で酒を飲んでいい年齢でも、彼が元いた世界では飲酒が可能になるまであと二年。翔は律儀に守っていた。
「この街、夜だけど明るいですね」
「……確かに」
街灯が道を照らし暗闇を遠ざけている。そのせいかこの時間だというのに人通りは多く、疲れた顔の学者風のお客がとぼとぼと食堂を出入りしていた。
「なんか……ちょっと他の街と雰囲気が違うな」
レイジーは少し落ち着かない様子だ。これまであちこち旅したがここほど整った街は見たことがない。
「……ですねぇ」
翔の方は元の世界の駅のホームで度々見かけた、疲れ切ったサラリーマンを思い出していた。
食堂の中でも客達はボソボソと話すか、黙って黙々と食事を続けていた。なんとなく、翔もレイジーもつられてボソボソと話す。
「この時間ですし、神殿は明日にしましょう」
「そうだなぁ」
コクコク、と同意するようにルチルが頷いた。
「あーなんかスッキリしない! 俺呑みに行くわ!」
店を出たレイジーは開口一番声が大きくなっていた。
「行ってらっしゃい」
「キヲツケテ」
「青少年どもめっ! ……俺も行く! ってならないんだなぁ……いいよいいよ……一人で行くよ……」
お酒に興味のない翔達に見送られ、レイジーは飲み屋街へと消えていった。
翌朝、宿屋の部屋で目が覚めた翔達の前には、ドヤ顔で待ち構えていたレイジーがいた。彼はあの魔道書を手にしていの一番に探したのが『二日酔いを解消する魔術』だったのだ。
「心して聞くがいい!」
舞台俳優にでもなったつもりで、レイジーは目覚めたばかりでぼーっとしたままの青少年二人に語りかける。
「マダ ネムイ」
これはルチルの心の声か、ルッチェの本心が漏れたものかわからない。いつの間にか姿を現していたニーナは、丸っと無視を決め込み枕の上で丸まっていた。
「ちょっと前までアルフレドがこの街にいたそうだぞ!」
「えっ!!! アルフレドって……」
「そう! 蒼の護衛役で一緒に冒険してるヤツ!」
途端に翔もルチルも目が覚めたように背筋を伸ばした。フフンとなぜか勝ち誇ったような顔のレーベンのことなど気にもならない。
ただし、ちょっと前とはいっても一ヶ月は過ぎていた。だがこの世界は徒歩か馬での移動が基本。空でひとっ飛びとは移動速度が雲泥の差なのだ。
「今日魔法道具を受け取ってニーナに乗ればついに追いつくぞ!」
「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
これまでに聞いたことのないような声量の翔に、思わずニーナまで首をあげてビックリしている。ルチルもニッコニコだ。
「ビスケット!」
ルッチェもしっかり覚えている。
そんな状態で男三人、竜一匹、オウム一匹で神殿へと向かったが……。
「え? まだできてない?」
「というより、追加発注がかかりまして……」
クミルネ神殿の上級神官アドアが申し訳なさそうにしている。なんせ勇者である翔が不安そうな表情になっているからだ。
「それって俺達に関係のある分?」
レイジーは翔の代わりに少し強気に出ていた。彼は翔がアオイに会えるのをどれだけ楽しみにしているのかよく知っている。
「ありますよ! なんせ戦士の末裔からの依頼ですからね!」
翔に対して少しの忖度もない態度になるのはやっぱりラネ。彼は出発直前に受け取ったリデオンのカーライル家からの依頼のせいで、楽しみにしていた対魔王軍までの冒険を他の人間に託すことになり、悔しくて仕方がなかった。
「いったいどこで情報を手に入れたって言うんだ! だいたいこんな依頼……英雄の一団に加わるからと言って越権行為だろう!」
ヒートアップしてきたのか、現役英雄達を前にラネはプリプリと怒り始める。
カーライル家のアレクサンドラはどういうわけか『転移
「きっと古代魔術だ! 脳筋一族のクセに……腕力に任せてアチコチから古代遺物や魔術書を探し出していると聞いたことがある……!」
そしてラネはまた思い出して悔しそうにギリっと歯軋りをしている。
(その代わりキメラの情報を……とは勇者を前にはなかなか話せないな……)
アドアも苦笑するしかない。
アレクサンドラは、妹ファーラの為に蒼の聖水を確保したかったのだ。
この件、実は蒼もずいぶん心配しており、カーライル姉妹からの、
『もう治った』
という言葉を信用し過ぎず、せっせと大量の聖水を樽に入れて置いていっている。
彼女達からすると、それはそれとして、カーライル兄弟と一緒にフィアを元に戻す唯一の望みである天空都市へ向かってもらいたかったのだ。
「アト ドレクライ?」
「一ヶ月と言ったところですね」
一ヶ月かぁ……と思っている翔の顔をレイジーとルチルは気の毒そうに見た。
もちろん翔はワガママは言わない。必要ならいくらでも待つ。だが、先ほど期待していた分の落差があって、ちょっといつものようには笑えなかった。
その悲しそうな笑顔を見て、ラネは何かを思い出す。
「……アオイ様から伝言を預かっています」
「え?」
突然相手から蒼の名前が出てきて、翔は伏せていた顔を上げる。
「元気でいてほしいと」
ちょっと面食らったような顔になった後、翔はフッと笑った。
(まあ、ちょっと会うのが遅くなるだけだな)
気楽に考えることにした。そんな心構えでないと、あの心配性なお隣のお姉さんがまた心配していまう。そういえば、人生楽しもうと声を掛け合ったことも思い出した。まずは元気でいなければ。蒼もいる世界が滅びないためにも。
そんな翔の様子を見て、珍しくラネの頬が上がった。
「では勇者様。こちらにご滞在の間、是非お助けいただきたいことが」
「はいはいなんでしょう」
翔の方も蒼の言葉一つで立ち直ったことがバレてしまい、それが少し恥ずかしいのか誤魔化すように受け答える。
「実は近隣の村なんですが、聖水を撒いたというのに魔物の侵入が相次いでいるのです。是非勇者様自ら調査いただきたい」
「わかりました」
こうやって一度立ち直った翔だったが、
「ドーナツ!!! パニーニ!!! なにそのおしゃれな献立!!!」
上級神官達が蒼から差し入れられた食事の話を聞いて、いつも通り羨ましがるのだった。
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