第4話 実家ー1

 

(お姉さん!! というかお姉様って感じだけど!!)


 ど迫力の美人だ。手足がスラリと長く、背も高い。なるほどアルフレドが女に生まれればこうなっていたかもしれない、という容姿をしている。


(それより今なんて言った? アルヴァってアルフレドのこと?)


 張り詰めた空気だというのに、蒼もレーベンも突然の情報過多にポカーンと間抜け面になっている。


 アルフレドの様子から、今口出ししてもマズイだろうと、蒼とレーベンは横目を見合わせて、ゆっくり後退り……。

 あった時に足手まといにはなりたくない。距離をとって、家に逃げ込むつもりなのだ。

 

「なに。気にすることはない。私は女と子供にはめっぽう優しいと評判なのだ。お前達を傷つけるようなことはしない」


 アルフレドから視線を逸らさず、うっすらと微笑みを浮かべ、自称アルフレド姉は蒼達の行動を牽制する。


(じゃあなんでアルフレドがこんなに警戒しっぱなしなのさ)


 本人も言う通り彼女から敵意は全く感じないが、どうも胡散臭さが消えない。蒼がこれまで出会ったことのないタイプの女性だ。

 目の前のアルフレドが蒼達を守るように彼女との間に入っている。彼女の言葉と彼の行動、どちらを信用するか決めるのはずいぶんと楽な作業だ。


 だから蒼とレーベンは再度少しずつ彼女から離れるようゆっくりと動いた。


「おぉアルヴァ! ついに他人を受け入れたのか!」


 これは嫌味ではなく、本当に嬉しそうな声と表情だった。だが、 


「アレクサンドラ!」


 そうアルフレドに呼ばれた女性は、あっという間に剣を抜いた弟を素手でなぎ倒し、


「ええええええ!」


 と叫ぶ蒼をヒョイと担ぎ上げた。そして、


「アルヴァの実家を見せてやろう。その内お前の屋敷になるかもしれん」


 グッと蒼に顔を近づけて囁いた後、ニヤリ、と挑発するような視線をアルフレドに送った。


「え? ちょっ! え!? 待って!!?」

「アオイ!!!」

「アオイさん!!!」


 蒼はバタバタと足を動かしてみるも、アレクサンドラはビクともしない。ギュッと抱きしめられている。


(い、いい匂いがするっ!)


 なんて全く状況にそぐわない感想が出てくる自分を蒼は叱り飛ばしたくなるが、こうなってもまだ彼女から敵意のカケラも感じないせいか、どうにも危機感が湧いてこないのだ。


「迎えにおいで」


 蒼から顔は見えなかったが、いたずらっ子の子供のような声色だった。


「おい! いい加減に……!」


 怒鳴るようなアルフレドの声を蒼は初めて聞いた。


「ああ本当に……」


 自称アルフレドの姉のそう嬉しそうな囁き声は蒼にしか聞こえていない。なぜならほぼ同時に彼女自身の叫び声にかき消されるからだ。


「う、うわぁぁぁぁぁ!」


 アレクサンドラは蒼を抱えたまま、まるで忍者かのようにピョーイと建物の上に飛び上がり、アルフレド達の視界から消えてしまった。


「僕のことはいいからアオイさんを!」


 レーベンのその声とほぼ同時に、アルフレドも風の魔法を使って屋根の上へと飛び上がたが……。


「……!」


 すでに彼女達の姿は消えていた。


「……リデオンのご実家に行くしかないですね……」


 レーベンも呆気に取られたような声だ。


「うん……」


 夜の風が、アルフレドの髪を揺らした。


◇◇◇


「手荒なことをして悪かったなアオイ」

「本当ですよ~」


 連れ去られて一夜明け、すでに蒼とアレクサンドラは打ち解けていた。

 蒼は貴族の屋敷の中へは入ったことがあるが、豪華な来賓室でもてなされたのは初めてのことだ。


「流石にあの弟を無傷で抱えて連れて帰るのは骨が折れる。いい人質がいてよかったよ」

「あ! 人質って言った!」

「アッハッハ! 失礼! アオイはお客様だ。愚弟が迎えにくるまでまあ好きにすごしてくれ」


 カーライル家の屋敷の使用人達はオロオロとしている。実質この家のナンバーワンが旅商人の女を連れて帰ってきたかと思えば、


『私とアルヴァの客人だ。丁重に扱え』


 そう命令したのだから。


「アルヴァって?」

「馬鹿! この家のご嫡男……だった方だ」

「え? まだ嫡男はアルヴァ様のままだろう?」

「そうなのか!? てっきりアレクサンドラ様が……」


 使用人達がコソコソと噂をする。


「アレクサンドラ様が婿様を取られるんでしょう? ダグラス様父親まで追い出されたのに」

「いやそれが、やはり家を継ぐのをやめるって仰りはじめたらしいぞ」

「えー! なんで!?」

「お気に召す方がいないからかなぁ」

「こら! 主人のことをアレコレ探るやつがあるか!」


 似たような会話が屋敷中で繰り広げられたのだった。


(さて……やりますかね)


 部屋に一人になったのを確認し、胸元から鍵を取り出す。ボディーチェックすらされなかった。アレクサンドラは最初のこそ強引だったが、その後はきめ細やかに蒼を気にかけた。


「遅くなってごめんね!」


 ルーとフィアが庭で蒼を迎える。もちろん、あれ? あとの二人は? と、言いたげな表情も忘れない。


「フィア、実は予定より早くあなたの家に来ちゃったの。例の話、覚えてる?」


 例の話とは、フィアののことだ。アルフレドはそれを屋敷で探すために実家に侵入することを計画していた。


 コクコクとフィアがはっきりと頷いた。


「ちょっと早いけど、それを探そうと思ってるの。アレクサンドラさんが……フィアのお姉さんが協力してくれるっていうから」


 途端、フィアは興奮気味に尻尾を振り始めた。嬉しい! 嬉しい! と、一生懸命体で表すかのように。ルーは少々迷惑そうな目をしていたが、そのフィアの態度で蒼はホッと安心する。アレクサンドラのことを信じると決めてはいたが、自分の直感以外の決定打がなかった。フィアがこれほど喜ぶ相手なら、悪い人間ではないだろう。


 アレクサンドラは蒼を連れ去った直後、彼女を出汁に弟を呼び寄せることを心から詫びていた。


『弟は昔から他人に執着がなくて……だからアオイのような相手ができてよかった』

『言っときますけど、我々そういう関係じゃないです』


 照れるでもなく、蒼はキッパリとそう言った。


『なっ……! なんだって!? アルヴァのやつ、本当にヘタれた弟だな!』


 信じられん! と少し憤慨している。


『いえいえでもね。きっと迎えには来てくれるからって少しも不安にならないくらいには信用している間柄ですよ』


 近づきたくもなかった実家にね。と、本人としてはアルフレドの威信を守るために惚気ているつもりだが、アレクサンドラには通じなかった。


『なんだその関係は』

『なんなんでしょうねぇ』


◇◇◇


(お屋敷……広っ!)


 屋敷の広く長い廊下を、蒼はコソコソと小さくなったフィアと一緒に彷徨っていた。

 キメラの研究室は当主の部屋にある隠し通路から入ることができる。現在、アレクサンドラが使っている部屋だ。彼女は父親と義母を文字通り屋敷から追い出し、実質カーライル家のトップに君臨している。


『キメラの研究は我が家というより、我が家直属の研究者がおこなっているんだ』


 最終決定権はもちろん当主にあったが、今となってはその研究者がかなり権力を持つようになってしまっていた。


『父は追い出せたがアイツらはまだなんだ。人間を使った実験を……あの戦士の末裔がおこなっていると世間にバラしてもいいのか? と、まあ単純にいうと脅されている』

『なるほど』


 今、研究者は隠し部屋にはいない。アレクサドラが呼びつけて定期的に行っているをしている最中のはずだ。


『アルヴァを待ってもいいが……おそらくそうなると難易度は上がる。弟がキメラ実験に否定的な立場だったことは関係者全員よく覚えているし』

『でも、私をアルフレド……アルヴァの客人だって紹介しましたよね?』


 すでに警戒されているのではないか? と。だがニヤリと面白そうにアレクサンドラは笑った。


『アルフレド……アルヴァが近くにいることは数日前からわかっていた。私の加護の力でな』


 アレクサンドラはアルフレドよりもさらに強力な加護を持っていた。敵だけではなく、誰がどこにるかわかるのだ。


(そんな広い範囲でわかるの!?)


 ギョッとした蒼を見てアレクサンドラは満足そうにしている。


『結論から言おう、アオイは警戒されていない。またがメチャクチャをやっていると皆思っている。平民の娘をカーライル家のにしようとしていると』

『奥様!?』


 屋敷にやってきた時の蒼の反応もよかった。本当にどうしていいかわからない様子でオロオロとしていたからだ。そのせいか、蒼が本当にカーライル家に嫁いでくるとは誰も思っていない。アレクサンドラ以外。

 蒼はただ、とんでもないお嬢様の思いつきに巻き込まれた平民だと見られている。つまりこれまでも似たようなことがあったということだ。


『アルヴァがリデオンにいないこともわかっている。今は監視をつけているからな』


 本人アルフレドには監視がバレているだろうが問題ない。どうせこの屋敷にくるのだから、と。


『だが、どういうことだと街中から権力者共が私のところにやってくることになっている。今夜中にはな。カーライル家の嫡男に嫁がせたい家はたくさんある。屋敷も慌ただしくなるだろう。客人をもてなさなければならん』


 というわけで、今が屋敷をうろつく絶好のチャンス。

 アレクサンドラのいう通り、屋敷の中はひっちゃかめっちゃかになっているようだ。バタバタとした使用人達や、ムスッとした表情の研究者らしき男達が廊下を行き来するのが見える。


「さあ、行こう……!」


 当主の執務室の前で、自分を奮い立たせるため、蒼は小さな声を出した。その隣で、フィアが小さな体でコクリと頷いた。


『あとで弟に……フィアに会うことができるだろうか……』


 作戦ん開始前、彼女がポツリと声を漏らした。

 扉を開けると、ふんわりとしたアレクサンドラの匂いがする。彼女のイメージとかけ離れた、期待と不安でいっぱいの顔で呟いた姿が思い浮かんだ。

 

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