第9話 嵐の日の再会

 天空都市ユートレイナまではまだかなり距離がある。そのため蒼は道中の街もそれなりにピックアップしていた。観光と商売目当てで。


「ルーがいてくれるようなったから、かなり道中が気楽だわ~」

「馬車を探す必要がないからねぇ」


 ただいま道端で休憩中。褒められた馬のルーベンは道草ではなく、蒼からもらったリンゴをシャリシャリといい音をたてながら食べていた。彼はいつの間にかルーと呼ばれるようになっていた。本人は特に問題なく反応している。


「この辺って梅雨……じゃなかった、雨季ってないんだよね?」

「そうだね~あったかい島国なんかに行くと、突然大雨が降ったりすることはあるけど」


 そんな所までアルフレドは旅したことがあるのかと蒼は驚いた。いったいいつから冒険者をやっているのだろう。それくらいのことなら、いつか話してくれるだろうかと思いながら、カバンから自分達用の軽食を取り出す。

 蒼とアルフレドは二人でバリバリとスナック菓子の袋に手を突っ込みなが空を見上げていた。空気が重くなり、雲行きが怪しくなっている。


「今日はここまでかな」


 わざわざ雨の中を急ぐ必要もない。二人と一匹は門の中へと入っていった。直後にポツポツと雨が落ちてくる。そしてそれは次第にザーザー振りに。


「商売上がったりねぇ」


 それなりに大きな街道を歩いていたが、人っこひとり見当たらなかった。以前はそれなりに人通りがあった道だが、やはり魔物が増えたことによって移動を控えている人が多いのだろうと、アルフレドが少し険しい表情で呟く。

 実際ここまで辿り着くまでに人間よりも魔物の遭遇率の方が高かった。しかも遭遇した人間の半分が盗賊というオチがついている。

 

 翌日、雨が止んだのでぬかるんだ道をゆっくりと進んだ。空は相変わらずどんよりとしている。

 

「あ! 久しぶりに人間発見~!」


 この街道では時々、周辺の領から見回りで出てきている兵士達に会うこともあった。彼らにこれまでの道中の状況を伝えたり、だと言ってベーグルやスコーンを渡すと、大喜びで同じく周辺の現状や、噂に聞く勇者の近情を教えてくれた。


「先日騎士団が周辺の魔物を一斉討伐したんだ」


 今日手渡したのはコーンパンだ。彼らにはいい塩梅の甘みだったようで、お返しにとアーモンドによく似た木の実を一袋譲ってくれた。


(う~ん……ピースフルだわ)


 相変わらずの曇り空だが、久しぶりに蒼はほっこりと心が落ち着く。アルフレドも同じ感覚を味わっているなと、目元を見るだけでわかるようになっていた。

 これから周辺の村へ一斉討伐が完了した旨を伝えに行くという兵士達と別れ、蒼達も前に進む。


「また大雨になりそうだ。少し急いだ方がいい」

「皆さんもお気をつけて!」


 兵士達が気にかけてくれている通り、行先には雨宿りができそうな場所が見当たらなかった。もちろん、蒼達には関係ないが。


「わざわざ村を回るんだね……って、そうか。電話があるわけじゃないから伝えなきゃ皆、怖くて村から出られないのか」


 しばらく周辺はそれほど魔物に怯えることはないと、周知して回らなければ人通りも戻らない。

 アルフレドには電話がいかなるものか話したことがあるので、彼も納得するように頷いていた。


「上級神官達が使ってる通信魔術がもう少し発展するといいんだけどね」

「魔法道具の方が先かもよ」

「……魔王浄化の後かなぁ」


 ディルノアで多くの研究者が兵器開発に駆り出されているのをアルフレドも見ている。研究者達からは、通信機器があれば兵器以上に魔王軍と戦うのに有利になる! と、いくら上役に伝えてもわかってくれなかった……という愚痴もあわせて聞いていた。


「うわ! 急に来た!」


 兵士が言っていた通り、突然の大雨だ。ワタワタとしながら、蒼は急いで門の鍵を開けた。

 

「雷も鳴り始めたね」

 

 アルフレドはルーベンの体を拭きながら空を見上げていた。時々ピカッと強い光を放つ稲妻が走っている。

 それは夕食時も続いていた。今日のメニューはエビフライ乗せカレーライス。それにナンとサラダとラッシーまで用意されている。カレー以外はアルフレドが嬉々として作っていた。

 空は真っ暗だ。玄関に吊るされたランタンのような照明がぼんやりと庭を照らしている。


「嵐じゃん!」

「朝には止んでるといいけど」


 食事も終わり、二人とも窓から外を眺めていると、珍しくルーベンが落ち着きなく門の前をウロウロとしていた。ヒュンヒュンと聞いたことのない鳴き声も上げ始めている。


「……どうしたんだろ?」


 ルーベンの様子を伺うためにアルフレドは急いで庭に出た。蒼は屋根裏部屋へと上がり、門の向こう側、外の景色を確かめる。そして急いで窓を開け庭にいるアルフレドに向けて大声を上げた。

 

「子供が倒れてる!」

「……!」


 急いで門を開けると、アルフレドよりも先にルーベンが外へと飛び出した。そしてその倒れている子供の頭に心配そうに鼻を当てている。

 

「レーベンだ!」

「えぇ!? レーベン!? ルーベンじゃなくて!?」


 予想外の名前に蒼は一瞬混乱する。

 痩せて泥だらけの赤毛のレーベンは、馬のルーベンを譲ってくれた一団の子供だ。その時一緒にいた父親は見当たらない。

 蒼もびしょ濡れになりながら外へと飛び出す。アルフレドは自分のマントをレーベンに巻き抱えていたが、門の前で立ち止まっていた。


「早く中に!」

「……うん!」


 蒼の言葉を聞いて安心したように門の中と入っていった。だが彼女はちょっぴりムッとしている。彼が迷ったことに。

 もちろんアルフレドは蒼のことを考えたからこそ大雨の中、門の前で立ち止まったのだ。そのくらいのこと、彼女だってわかっている。わかってはいるが……折衷案、ということで少しだけ怒ったふりをした。


「御使に体を作り替えられたからって、血も涙もない女じゃないのよ~!」

「ち、ちち違うんだ……! いや、ごめん……この家は考えれば考えるほどとてつもないものだから……」


 シュンとアルフレドの大きな体が小さくなった。蒼の秘密を自分の判断でバラしてもいいのか咄嗟に判断できなかったのだ。


「なにが大事か取捨選別くらいできます! 見くびらないでちょうだいっ!」


 あまりに演技がかった蒼の口調と行動で、やっとアルフレドはそれがわざとなのだとわかった。


「ごめん」

「私のことを考えてくれたことはホントに嬉しいよ。でも私がアルフレドことは全面的に信用してるってこと、いいかげん自覚してほしい」

「うん。ありがとう」


 アルフレドは照れるでもなく、ただその言葉の重さを受け止め、噛み締めていた。


 ソファにレーベンを寝かせ、蒼は組んできた聖水で体を拭う。ところどころ傷があるのか、シュウシュウと傷が治っていく音がした。部屋の窓は開けておいた。心配そうに馬のルーベンが覗き込んでいる。 

 

「魔物……?」

「いや、大きな怪我はなさそう……疲労かな……前あった時よりかなり痩せてる……」

 

 蒼がアルフレドを助けた時と同じように、タオルケットをレーベンにかけた。雨だったせいか、体が冷え切っている。


 翌日の昼を過ぎて、ようやくレーベンは目を覚ました。

 

「まさかまたお二人に助けられるとは……」


 それは側も同意する。助け助けられる関係どころか、お互いもう二度と会うことがない相手だと思っていた。

 レーベンはソファに腰掛けてゆっくりとコーンスープを口へと運ぶ。

 

「レーベン……その、なんでこんなところに?」


 お父さんは? と、聞く勇気が蒼にはない。この世界の成人年齢が早目だといっても、レーベンはまだそれに至っていないような見た目だ。一人で魔物溢れる世界を旅するにはまだ早い。


「あ……実は僕、リデオンに行く途中だったんです」


 その名前を聞いて、蒼は胸がヒヤリとする。アルフレドの方を見ることができない。彼の出身地だとは聞いていたが、その街のことを詳しく聞くのは憚られた。信用しているだなんだという割に、蒼は彼の内側には踏み込めない矛盾を抱えたままだった。

 だがアルフレドの方は落ち着いている。


「兵士になりたいの?」

「いえ、下働きの仕事があると聞いて」


 はて? という顔の蒼のために、アルフレドは簡単に出身地について説明した。


「リデオンは兵士教育が盛んなんだ。魔王が発生した今となっては大賑わいだろうよ」

「士官学校みたいな?」

「そうだね。でも単純に肩書に箔をつけたかったり、身の丈に合わない力を手に入れようとしてる奴らの集まり……いや、すまない。今のは忘れて……」


 とりあえず蒼は、やはりアルフレドが地元を嫌っているということだけはわかった。


 レーベンがリデオンへ行くことにしたのは、単純な職探し。

 だがそうなってしまったのは、蒼達と別れ無事に別の村で生活をしていたが、そこも魔物の襲撃にあってしまう。その際彼の父親が負傷してしまい、その治療費を賄うため、傭兵団に下働きとして入団したからだった。


「入団するとまとまった金を受け取ることができるんだよ……」


 アルフレドが蒼のために情報を捕捉する。もちろん彼女は渋い顔だ。それじゃあ身売りじゃないか、と思っている顔だ。何も口には出さないが。


「傭兵団の皆は戦えない僕にも優しくしれくれました……こちらも大型魔物との戦闘でちりじりになってしまいましたが……」


 それで仕方なく着の身着のまま、仕事を探してここからそれほど離れていないリデオンを目指していたのだと教えてくれた。

  

「実務経験があるので、どこかに拾ってもらえないかと思って……」

「なるほど」


 やはりレーベンはしっかりしている。以前会った時も、チャキチャキと蒼を手伝ってくれていた。気もきくので、傭兵達から可愛がられたというのも納得だ。


「アルフレドさんとアオイさんに出会って、ちょっと憧れもあったんです。世界を旅して回るの……だからリデオンであちこちの街を回る傭兵団にでも入れたらと思って……」


 そういえば、一緒に料理をしながらそんな旅の話をしたことを蒼は思い出した。


(さて、どうしたものか……)


 アルフレドと目が合う。

 蒼はどっちでもいいと思っている。レーベンを父親の元に送り届けても、望み通りリデオンに連れて行っても。もしくは、彼が望めばこのまま一緒でも。


 アルフレドの長いまつ毛がゆっくりと動いた。

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