第2話 水の都の観光
水の都テノーラス。アスティア王国とお隣、ローレスラ帝国の間に位置する。水路が張り巡らされた海上都市だ。本島を中心に周辺にいくつか小さな島があった。入り組んだ狭い路地が多く、
「アオイ、迷子にならないようにね」
と、護衛役の冒険者に心配される成人女性アオイ・ウルシマ。
結局トリエスタからテノーラスまで五日間の船旅だった。
「予定通りだったね」
「私の予定に海中魔物との遭遇はなかったんだけど……」
嵐がさったと思ったら、今度は巨大なクラーケンが船の前に現れたのだ。魔物の遭遇はそれなりにあるが、クラーケン自体はかなり珍しいことで、船の中も大慌てだった。
「けど聖獣も見れたじゃないか! 俺、ウンディーネは初めて見たよ!」
クラーケンとの交戦中、急に海が形作り始めたのだ。それは次第に巨大な女性のシルエットとなり、そのままクラーケンに牙を剥いて飲み込んでしまった。
「あれって獣なの?」
「確かに、ウンディーネは精霊と呼ぶ人もいるね」
ウンディーネは商人や冒険者などの旅人を守護する御使グレスの眷属。そのためかグレスは海や川を司どる柱とも言われていた。
(これ、御使に気を使われたような……)
御使グレスの大きな神殿がテノーラスにはある。蒼は後でお礼を言いにいかなければと自分のスケジュールに組み込むのだった。
世話になった商船に手を振ってお別れをする。なんだかんだ、蒼は乗っていた商人達から興味深い話をたくさん聞くことができた。もちろん相手側も蒼のことを根掘り葉掘り聞きたがったが。
蒼は両親亡き後、両親の知り合いであるグレコを頼ってトリエスタへと行き、その遺産を使って商売を始めた。ということになっていた。
『グレコ様の知り合いってさ~あの人の村は全滅だっただろ~? どういう知り合いなんだ?』
『……父がそうなる前に村を出ていて』
特級神官グレコは若き日に故郷を流行病で失っている。今の彼をみるとそんな悲しい過去があるとはなかなか気がつけない。のんびりとした人柄だが、傷ついた人や苦しんでいる人をいつも優しく治療していた。
「えーっとまずは商人ギルドに行って、商売の許可証を貰わないと」
船の中で蒼は商人達に文字通り山吹色のお菓子を配り、テノーラスの情報を集めていた。もちろんトリエスタでも大まかな情報は聞いていたが、同じ方へ向かう商人の方が当たり前だが詳細をよく知っている。
(広場や通りによってギルドに納める場所代が違うって言ってたけど……港近く……あとはスナレ広場とベーレ橋ってどの辺だろ)
人通りが多い場所は当たり前だが商売のための場所代が高い。小さな屋台程度のスペースだと一日小銀貨三枚だと船旅の間に教えてもらっていた。蒼が一日に売り上げる金額の半分以上になる。
『高っ!!!』
思わず声が漏れたのは言うまでもない。
(言われてみればそうなんだけど、なかなかそこまで頭がまわんないもんだな~)
トリエスタでは同じように商人ギルドへ商売の申請をしていたが、神殿から場所代はとられなかった。もちろん神殿の神官達へ、寄付という名の現物支給はしていたが。かなり優遇されていたことを、蒼はトリエスタを出発する前に知ったのだ。
(テノーラスにも上級神官がいるって言ってたけど会うのは気が進まないしな~)
対魔王軍も一枚岩ではないということは、グレコ含むトリエスタの上級神官たちが蒼に伝わるように匂わせていた。
もちろん彼らが蒼に危害を加えるわけではないが、話を聞いた限り、蒼を対魔王軍に加えるべきでは? と考える神官達もいるようだった。
(なにがどうなったらど素人の元社畜を戦いの前線に送ろうと思うわけ?)
初めこそ翔の側にいたかったが、この世界の危険な現実を知った今、リルケルラが自分を足手纏い扱いをしたのは少しも間違いではなかったと蒼はしっかり理解したのだ。むしろ今前線に行って、翔の足手纏いどころか恥にでもなったらたまらないと思うほど、彼女はフィジカルに自信がない。
「あ、先に冒険者ギルドによってもいい? すぐそこなんだ」
「そっかそっか。冒険者も拠点登録するのか」
冒険者は各街にあるギルドに自分がいることを知らせると、ギルドから仕事を斡旋してもらえたり、客から直接指名がくることもある。特にアルフレドはギルドの評価が高いので、いい仕事を回してもらえていた。蒼が仕事中、彼も冒険者として稼ぎに出る予定なのだ。
『食事と寝床に困らないから、そこまで金の心配をしなくていいなぁ』
ということだったので、本職は抑え気味に、蒼の護衛を優先するつもりでもいた。
「今日は露天を出すいい場所を探そう」
「そうだ! まず観光~! 街歩きっ!」
そう。蒼はこの世界を回ろうとしているのだ。ただ、観光が目的で。
これは元の世界で計画していたことだった。旅に出ようと思っていたのだ。素敵な景色を見に。美味しいものを食べに。せっかく自主的に作った人生の夏休み、非日常を味わおうと決めていた。……非日常が日常になるとは思ってもみなかったが。
「観光か~学者みたいだねぇ」
アルフレドは
この世界では一般人は観光しない。一般人が移動するのは必要にかられた時。大切な
「本当に!? 魔物は怖いけどさ~この世界、すんごく綺麗で見応えあるよ」
「そう? 俺はこの世界しか知らないからなぁ。けど蒼が気に入ってくれたなら嬉しいよ」
蒼は自分が異世界出身であることもアルフレドに告げていた。すでに『勇者の末裔』は対魔王軍に合流したと噂は広まっており、彼が異世界にいたかどうかなど、どうでもいい情報になっていたからだ。もちろん、一般には知られていないが。
この時アルフレドは蒼のいう、別の世界の話を聞いて、理解が追いつかないと頭上を『ハテナ』でいっぱいにしていた。が、特別な金色の鍵の秘密を知ったあとだったので、これは受け入れるしかないのだと、無理矢理頭を納得させたようだった。
「研究目的の学者か、変わり者の貴族かな~俺が護衛したことがあるの……皆スケッチしてたけど、その薄い板があれば便利だっただろうなぁ」
アルフレドは蒼が手に持っているスマートフォンを見ている。彼女は人がいないのを見計らっては美しい街並みをパシャパシャと撮影していた。
「いやいや! スケッチの良さもあると思う。写真は正確だけど……細かく観察するならそれこそスケッチする方がいいだろうし……私だって絵心があればこんな綺麗な景色を描いてみたいよ」
運河沿いの道を子供達が走っていくのが見える。
蒼はウキウキと足取り軽く石畳の感覚を楽しむ。迷路のように入り組んだ道は、古くとも大切に使われているのがわかった。
「やっぱこの街は馬が全然いないんだね」
トリエスタやその周辺ではあっちこっちで馬を見た。蒼の記憶にある馬よりどれも大きく筋肉質で強そうだったが。
(狭い道が多いから当たり前か)
ワゴンを移動させることも考えて売り場所を選定しなければならない。鍵を使えばどこからでもワゴンを取り出せるが、人がいない場所は道幅も狭い。ちょこちょこと段差のある橋もある。迷路のような街の中でちょうどいい鍵を使う場所を探すのは難しそうだ。
「馬……? ほら、あそこ」
どうしようか考えている最中の蒼に、アルフレドは運河の中を指をさして見せる。
「う、馬だ! え? なんで!?」
形は馬だ。ただ、表面が鱗で覆われ尻尾が魚に似ている。それが水の中をスイスイと進んでいた。
「ケルピーって種類なんだけど知らない?」
「知らないよ!」
「蒼の世界にはいないのか~」
ケルピーは魔物だが、テノーラスは長い年月をかけ品種改良をし、小舟を引く馬として使役していた。
「力は強いけどスピードはそれほど早くないんだよ」
「へぇ~乗ってみたいな」
あれほど怖がっていた魔物だと言うのに、すっかり蒼は観光気分だ。
「ねぇねぇ! テノーラスの名物っていう海鮮
「いいねぇ~お腹空いてきた!」
そうして数日、蒼はテノーラス観光を満喫した。
「露天を出す場所も、この街で受けそうなメニューも考えてたからオッケーオッケー!」
テノーラスの海は穏やかに波打っていた。
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