第2話 ご説明申し上げます
目が覚めた蒼は自分がうつ伏せになっていたことに気がついた。冷たくも温かくもない真っ白な床で寝ている。
(夢?)
だがすぐ側で、うぅ……と唸る翔の声が聞こえてガバッと勢いよく頭を上げる。
「え!? なんか余計なのがついてきた!?」
驚いた声を出したのは蒼でも翔でもない。それは白くてひらひらした布を纏っている、男とも女とも判断のつかない美しい姿をした若者の声だった。純白のふわりとした髪がキラキラと光っている。
蒼の目の前に広がっていたのは荘厳な神殿のような場所。柱に囲まれた円形の広場の真ん中に、蒼と翔、そして謎の若者がいる。そしてその若者は、やっちまった! という声色で焦った表情をしていた。
蒼は同じように起き上がった翔と目を見合わせる。二人とも何が起こったかサッパリという表情をお互いに確認し、とりあえず第三者の言動を窺うしかないと、そちらに注目をする。
「えー……どうしよう~こういう時ってどうするんだっけ……先輩に連絡するの嫌だなぁ~……なんで一人増えてるの~……なんかミスったのかな~……」
二人から少し離れた場所でブツブツと独り言を呟き続ける若者の声で、蒼はどうやらここでは自分が望まれない存在なのだとわかった。そして頭が現状に追いつき始めると、その若者の態度に少々ムッとしてしまう。
(なんだアイツは……!)
「あのねぇ!」
「あの!」
蒼と翔の声が被る。それで若者は、二人が喋れることなど忘れていたかのようにビクッと体を震わせた。
「ああ! すみません! えーっと今説明しますね!」
若者はえーっとえーっと……と言いながらワタワタと慌ただしく白い布の間から古い巻物のようなものを取り出している。
「ちょ! ちょっと待ってくださいね! すぐに始めますんで……!」
「「……」」
ずいぶん背景の荘厳な神殿とマッチしないその若者の所作と語り口に、蒼は力が抜け始めているのを感じた。こんな怪奇現象の真っ最中だというのに。
隣の翔も同じようだ。それどころかこの慌てふためいているこの若者に『ゆっくりで大丈夫ですよ』くらいの声をかけたくなっている。
「お待たせしました! それでは始めさせていただきます!」
大きく深呼吸をした後、急にキリッとした表情になった若者を見て、蒼も翔も姿勢を正すことにした。
「私の名はリルケルラ。貴方……貴方達から見ると異世界の管理官という立場にあります」
ポカーンと口を開けている蒼と翔の反応を見ながら、リルケルラと名乗った若者は不安そうに話し続ける。
管理官というのは世界の神ではなく、名前の通り世界が滅びないよう管理する存在だと。蒼達がいた世界と違い魔物が存在し、人々は剣や槍や弓などの武器、それに魔法で対抗していると。だがそんな話を聞きながらも、二人の表情は変わらないままだ。
((異世界???))
なんだかとんでもない単語が出てきたぞ、と。しかし直前の摩訶不思議な出来事を体験したばかりだからか、もしくはこの神々しい空間がそうさせるのか……そんなこともあるのか、と渋々だが受け入れた。
事の重大さに対して反応の薄い二人にリルケルラの不安が増大したのか、早めに要点を言うことにしたようだ。手に持っていた言うべき事が書いてある紙を半分におった。
「……端的に申し上げますと、私が管理する世界を救っていただきたいのです」
ここで、はい! と、蒼が手を上げた。
「何から救うのでしょう?」
「世界の歪みや澱みから生まれたモノからです~……わかりやすく表現すると魔王というのが近いかなぁ。すでに自我を持ってしまっているので~」
リルケルラはすでにキリリとした表情ではなくなっている。最初に見たような緩い雰囲気に戻っていた。そうして質問した蒼が眉を顰めてかたまる。リルケルラからの返答を咀嚼して、何をどうツッコむべきか考えこんだ。
次に手を挙げたのは翔だ。
「あの、それはどうやって? というかなんで俺? ……俺たち? じゃなくてやっぱ俺ですよね?」
この時点で、翔は蒼が巻き込まれただけだと確信していた。
「貴方……ショウさんは元々私の管理する世界の住人なのです~」
「「え!!?」」
もちろん二人同時に驚いた。またもお互いの顔を見て、どういうことだと唖然とする。
「いえね。ショウさんは魔王を浄化する力を持つ勇者の末裔なのですが……しかもかなりの素質があってですねぇ~! ……ですがそのことが魔王にバレてしまいまして……命を狙われていたところを私の上司がなんとか異世界に……そちらの世界に逃したんですよ~」
手続きがめちゃくちゃ大変だったらしいです。と、他人事のようにリルケルラは呟いた。
(なに!? 上司!? そういえばさっき先輩って……)
それで蒼はこの『管理官』という存在が複数いるのだとわかった。そしてどうやらリルケルラはその中でも下っ端なのだと。
「なのでショウさんにこちらの世界に戻っていただいて~魔王を討伐……いえ、浄化していただきたいのです!」
「いやこっちは一般人! 勇者の末裔でもただの一般人として育ってるんですけど!」
あまりにもサラリととんでもない要望を伝えてくるリルケルラについに蒼がツッコんだ。そもそもねぇ! と、言いたいことはたくさんあるが、なにより高校生に魔王討伐しろなんていうこの管理官に腹をたてている。リルケルラはそれをすぐに察したようで慌てて言い訳を始めた。
「そちらの世界の常識や倫理観と違うのは重々承知しておりますが~私の世界では十八歳は立派な大人として扱われる国がほとんどなんです。ショウさんの力は本物なので通常であれば負けることはありませんし……」
「通常であればってなに!!?」
濁すように言った最後の言葉に蒼が噛み付いた。かわいい弟分をそんな危ない世界へ投入などさせられない。
「えええ~でもショウさん、そちらの国でも成人されてますよねぇ……」
「ぐっ……まぁそうですけど……」
でもまだ学生じゃん! と、悔しそうに心の中で言い返す。
「いや~実は今大変で……魔王が魔王軍なんての作っちゃってこっちもてんやわんやなんです……なのでかなり無理してショウさんには戻ってきたていただいたといいますか……」
翔のほうは押し黙ってしまっていた。何かを思い出すかのように腕を組む。
「夢で……何度もドス黒い固まりから追いかけられたんだ……最後はいつも光の塊が守ってくれるんだけど」
「ああ! ドス黒いのが魔王で光の塊が勇者の力ですねぇ!」
なんだか嬉しそうにリルレケルラは声を上げた。その時蒼は、翔がほんの少しだけ微笑むのが見えた。諦めたような、覚悟を決めたような表情だった。
「あおいねーちゃん、守ってくれてありがと。でも俺、この話を受けようと思う」
受験勉強が嫌になったんじゃないよ? と、少しだけおどけて、でもまっすぐな瞳で蒼を見つめた。
(ああ……これ本気のやつだ)
だけど蒼も簡単には諦められない。どう聞いても命に関わる案件だ。わーい! 早く話がついたぞ! と両手をあげて喜んでいるリルケルラの方を向き直す。
「……管理官の力で魔王をどうにかできないんですか?」
「そう思うじゃないですかぁ……それが早いんですよ実際! でも管理官には管理官のルールがあってですねぇ……」
管理官は管理する世界の歪みや澱み……つまり魔王に手を出すことは許されない。というより魔王に直接手をくだす時は、管理する世界全てを『無』にする時なのだと。
「極端ですね……」
「光と闇は表裏一体なんですよ~。闇を消したら光も一緒に消えちゃうんで~。だからこの世界に存在する者たちの力で闇の力もコントロールしなければならないという決まりがあるんです~」
翔は押し黙ってしまっていた。
「私たちだって管理する世界に愛着があるんですよ~? 全て無に帰したくないからアレコレ手立てを考えるんです」
管理する世界の生物に一定の力を与えることはできる。所謂『加護』と言うやつだ。そう渋い顔をしながら蒼の質問に答えた。
「でも力を与えすぎるとそれはそれで問題が発生しちゃって……なかなか塩梅が難しいんですよねぇ~」
生き物を育てるって大変だ~と一人で納得するかのようにウンウンと頷いた。
(なんかことの重大さに対して軽すぎなんだよな……)
ついに蒼は呆れ顔だ。どうしてもこの管理官を前にすると気が抜けてしまう。そしてその反応を見てまずいと思ったのか、リルケルラは真面目な顔をしてしっかりと蒼の瞳と自分の瞳を合わせた。
「ショウさんには出来る限りの力……加護を付与して然るべき土地へ降ろす、というのは決定事項です。それで貴女のご心配が全て晴れるわけではないのはわかっておりますが……こちらの世界にも生きとし生けるものがおりますので、どうしても勇者の末裔の力は必要なのです」
情に訴えかけるようにゆっくりと。
(関係ない異世界人はすっこんでてください~……くらい言いそうなやつだと思ってたけど)
「あおいねーちゃん……俺、不思議なんだけど……これは俺がやるべきことなんだって感じてるんだ。使命感ってほどじゃないけど、そうしなきゃって落ち着かない気持ちになってる」
「あ~それ! きっと勇者の血がそうさせているんでしょうねぇ! なんといっても魔王と勇者は対の存在。どちらかの力が強まれば、その相手を消し去りたくなるようにできているのです~」
わあスゴイ! とリルケルラはワクワクしている。翔の方は、少しでも蒼を安心させようとしていた。彼女の心配性は今に始まった事ではない。そして同時に自分の決断を最後は応援してくれることを知っていた。
「……くれぐれも気をつけてね」
「もちろん! 世界救ってくるよ!」
照れ隠しなのかVサインをしてふざけてみせる。
「はあよかった……なんとかご納得いただけたようで……嫌々なまま打倒魔王軍! なんてことになったら大変なことでしたよ~」
胸に手を当て大袈裟にホッとしているリルケルラに、蒼は少し大きな声で、ハッキリと告げた。
「リルケルラさん。しょうくんのこと……どうかよろしくお願いします」
「もちろんですとも!」
リルケルラは重要な任務がうまくいったからかご機嫌だ。
「じゃああおいねーちゃんはここまでかな」
寂しそうな笑顔を蒼にむけながら翔は別れを告げる。
「……なんにも力になれなくてごめんね」
「いやいやいや! ここまで付き合ってくれて本当に心強かったよ! あおいねーちゃんいなかったらこんな前向きな気持ちで異世界で頑張ろうなんてならないって!」
蒼の方は涙ぐんでいた、かわいい弟分とお別れだ。それもきっと永遠の。翔との思い出が脳内を駆け巡離始めたところ、とんでもない言葉が二人の上から降ってきた。
「それで貴女はどうされます? えーっとまずお名前を伺っても?」
「「ん?」」
リルケルラのこの言葉が耳に飛び込んできた瞬間、二人は同時に嫌な汗がじんわり体からわきでるのがわかった。
「えーっと……私は漆間蒼です。あの、元いた世界に帰していただいても?」
なんとなくリルケルラの口ぶりからこの後どんな展開が待ち受けているか想像がつく蒼と翔は、表情がかたまったままだ。
「いや~それは無理ですねぇ~……」
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