ライフイズビューティフル

雛形 絢尊

第1話





無駄話が溢れる教室には居場所というものがない。


安全な場所なんてあるはずがない。

あろうとしないからだ。

全てが敵に思えた。だから飛び降りることを決めた。


ことの始まりは随分と昔、

この世にありついた地点から始まる。

今から17年前、東京。雨が降った日だと聞いた。

至って普通の重さの魂は産声を上げ細やかにこの世の祝杯が行われた。

人生最初の賜物は名前だった。

「咲」と名付けられた。

時期はすでに春を迎え、病室から見える桜の蕾、咲くまでには要さないほど今にでも花が開きそうだ。そう思い、父から名づけられたのである。

あまりにも煌びやかな景色だったはずだ。

今となればそれさえも愛しく思える。

病室の風景がこんなにも鮮明に見えるとは。

喜び合う父や母。こんな風に愛は魅せてくる。

それから前に暮らしていた家の記憶、風呂場、階段、ベランダでの景色がスライドショーのように流れてくる。

庭に埋めた花、蟻や蝶々が飛ぶ。まだ言葉もならないままでも確かに通じ合っていた。

頰についたまま、零したコップ。

床に散らかした玩具、大事に抱えたぬいぐるみ。

なかなか寝付けない夜、

がむしゃらに泣き噦った買い物。

それらすべて今に思えば愛しかった。



強烈な音が耳に響き、意識が途絶えた。



1


2020年 7月12日


次に目が覚めると、病室の中にいた。

不思議に思い、目に焦点を当てようとする。

寝ているベッドの真横で誰かが立ち上がる。

母だ。

「咲、咲っ」と呼ぶ声が聴こえる。

上手く体を起こすことができない。。


すると、病室の扉が開き、医者が駆け込んでくる。

「お目覚めですか。ふぅ。良かった。」

と声が聴こえる。

やっと状況が理解できた。

自分は学校の屋上から飛び降り、自殺を図ろうとしたのだ。

窓の外を見るともう夜だ。

「咲、また来るからね。お母さん帰る。」

といい、意識の中で頷いた。


ではない。


それは思い込みだったのだ。そうであって欲しいと願っていたのかもしれない。

今見えている景色は説明がつかない。

宙に浮いているのだ。

空を飛んでいると言っても過言ではない。

幽体離脱?とでも言おうか、奇妙な感覚が体を巡る。

やっと視界が開けてきた。

先ほどの景色は幻覚のようで包帯に巻かれた自分が見える。医者が慌てて私の生死を確認している。後ろに立つ看護師もあたふたとそれを手伝う。


母は立ち上がったまま、涙を流す。

急ぎ足で扉を開け入ってきた父は驚いた表情で咄嗟に鞄を落とし、こちらへ向かってくる。


私は死んだ。



2


病室の隅で浮かんでいると窓から視線を感じる。

誰かがこちらを見ている。

恐れながらそちらの方を見ると、年齢は定かではないが、少年が浮かんでいる。

驚くが、自分も浮いていたのですぐにそのことを忘れた。

そちらの方へ近づいていき、窓を開けようとする。

すると、触れられることができないのだ。

私は幽霊。そう自覚して、窓を擦り抜けた。

夜の空に浮かぶ自分と少年。


なんて声をかけようか迷っていると、

少年が口を開いた。


「小机 咲、17歳10ヶ月、2020年7月12日、東京都立大瀬野高校にて転落死。」


思わず困惑する。すぐに出てきた言葉はこんなものだった。

「あ、え、、もしかして、天使、?なんですか??」

ハッキリとした口調で少年は話す。

「天使などではない。使者と呼べ。」

想像していたのと違う。これではない。

もっと包み込むような翼を持ち、天国へ連れて行ってくれるような考えはただの理想だった。

即座にこんなことを聞いた。

「私、死んだってことですよね、?」

「、、、いや、そうではない。其方はまだご存命であると聞いた。」

は?と声が出そうになる。

「でも、さっき、転落死って、、」

「そうであれば辻褄が合う。しかし、なんと説明しよう。」

不思議に思い、訊ねる。

「それと言うのは、、、?」

「、、バグ?というのであろうか。」

バグ?頭の中で駆け巡るがピンとこない。

「とにかく、まだ死んではいないであろう。」

だけども考えは違った。

「私は私の考えで決めたことなの。これで死んでなかったら、ただの痛い奴じゃん。」

すると瞬間移動のように少年が目の前に現れ、私の右頬を叩いた。

困惑と同時に怒りがこみ上げる。

「何するの!」

表情を変えたように少年は怒鳴る。


「いい加減にしろ!生きていることがどれほど幸せで、満たされていることになぜ気付かないのか!!

其方は自ら死を選び、最低な決断をした。生きている人間史上最悪の判断だ。生きることを許される、そんなことでさえも見失うなら、価値なんて、ない。」


胸を突き刺すような言葉を喰らい、呆然と立ち尽くす。開けたような快感を全身に投与されたようだ。

静寂が続いてどれほど経っただろう。

口を開いたのは少年の方だった。


「声を荒げてしまい、つかぬことをした。申し訳ない。少しは命という重みを知って欲しかったからだ。」

突然涙がこみ上げてくる。大声で泣いたのは何年ぶりか。

「どうして、自殺なんて。したんだろ」

少年は横に移動し、寄り添ってくれた。

「辛かろうが、苦しかろうが、終わりを選ばない限り勝ちなんだよ。」

どんどんと流れ出す涙。

もしも、自分の真下に歩く人がいれば雨だと思うだろう。

「言葉はなくても分かるさ。」

そう言われ、涙の数も減った。


3


涙もとうになくなって落ち着いたあたりに、少年はこう話し始めた。

「先ほど、告げられたことなんだけども。死亡日時が7月19日。一週間後だということが分かった。」

「それじゃあ私は今?」

「植物状態さ。生きているのに死んでいる。」

なんだか不思議な感覚に陥る。

「そこでだ。」

突然の言葉にびっくりする。

「神様からの提案、聞いてみるか?」

驚きながらも咄嗟に頷く私。

少し息を溜め、少年が言う。

「人生を探す旅。どうだい?」

ぽかーんとする頭。

「それは、どういうこと?」

「後悔を無くす旅?とでも言おうか。」

考えてみると今までの人生、数え切れないほどの後悔がある。

「その後悔を晴らし、見つめ直すことが出来るなら、」

急に止まる言葉。先が気になる。

「もう一度、生き返ることができる。」

病室にある"私"を指差し少年は言う。

迷うことなくこう伝える。

「乗った。」

「そうこないとな。」

「我の名は、ユクだ。」

「私は、、、いいよね、知ってるし。」

笑いに包まれる。

決意を改め、夜空に放つ。

「神様、しっかり見ておいてね。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ライフイズビューティフル 雛形 絢尊 @kensonhina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ