第8話 奈落 二

『グルルルウゥゥゥ………』


 岩トカゲが唸る声で、オレは目を覚ました。最悪な目覚めだ。


「…………………」


 見れば、トカゲが首を傾げながらしっかりとこちらをのぞき込んでいた。正直、倒し方はもうわかっていたので、すぐに処理することも出来たが、脳を一度休ませることに成功してしまった手前、オレは少し冷静になっていた。


 簡単に言えば、『生き物を殺す』ということに少しだけ忌避感を抱いていた。少しだけ。


 といっても、オレはすでに魔族を殺し、この岩トカゲを一匹殺した。『今更』という思考と、『やらなければ自分が死んでいた』という言い逃れが、罪悪感を薄めていた。


 叶うなら、このまま立ち去って欲しいというのが本音だった。


『ガアアアァァァ!!』


 だが、そんなオレの本心とは裏腹に、トカゲは大口を開けて襲い掛かってきた。


「チッ………」


 仕方ない。そう言い訳し、オレは躊躇うことなく火球レーザーを敵の口内に発射。


 火球レーザーは柔らかい口の中を貫き、脳内を的確に焼き尽くした。


 大地に沈む巨体。同時にオレも、痛む身体を無理やり起こし、周囲の様子を伺う。


 遥か高く見える空は、夕方。薄暗い周囲は岩や土の色で埋め尽くされており、植物の気配は微塵もなかった。


 大小様々な岩が散乱しているおかげで、今はまだ今の個体以外には見つかっていないようだった。


 ちなみに、あのトカゲが何なのかというと、『魔獣』という生き物らしい。魔力に強い影響を受けて狂暴化した生き物、あるいは魔力のたまり場から発生した生き物。


 ちなみに、フェリアさんから教わった必要最低限の知識なので、まだオレの知らないことがある可能性はある。


「ん………?」


 不意に、光るものが近くにあることに気が付き、目を向ける。


 ―――それは漆黒の剣だった。刀身まで黒い片刃の剣。忘れもしない、あの剣崎クソヤロウが使っていた剣だ。


 不愉快な顔を思い出し、しかめっ面になるが、逆に、これがここにあることによって、アイツが困っていると考えれば、少しは怒りが収まった。


「………癪だが、ちょうどいいか」


 オレはそれを手に取ると、剣を杖代わりに立ち上がり、近くの岩に背を預けた。


 未だに、斬り落とされた右腕から血が垂れている。軍服の裾を千切り、頑張って止血を試みる。といっても、傷口付近を縛り、血の流れを遅くする程度のことしかオレにはできない。


 痛みを訴える左足は、正直見たくもない程悲惨な状態だったが、今のオレには何もできないため、仕方なくそのまま放置した。


「………帰ろう。アサヒが心配だ」


 向かうアテもないまま、オレは歩き出した。右腕と左足の激痛、火傷の痛み………様々な痛痒がオレを苛み、脂汗が滲んでいるが、関係なかった。


 あの魔族アベリアスは言った。『他の勇者は殺す』と。なら今はアサヒが危ない。焦燥感だけがオレを突き動かした。

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