第15話 リンカ視点、あたしにとってのおっさん

 騙されないわ。


 しょせんエロいおっさんよ。


 あたしは警戒を怠ることなく、ダンジョンを歩いていた。


 そのおっさんから視線を感じて睨み返す。

 あたしの視線に気づいて、慌てて目をそらすおっさん。


 あたしやシオリ、ハヤトとこの異世界に転移して来た人。


 親友のシオリは転移した際におっさんに助けられたらしいけど、みんなパニックになっていてよく覚えていない。


 もしかしたら、あたしのまわりにいるおっさんとは違うのかもと思った。


 でも、その矢先に……


 下着を出した。しかもシオリの前で。


 普通にキモイ。なんなのよ。


 このおっさんは、やっぱり信用できない。


 あたしの家は剣道場だ。


 かなり有名で、名門と言われていた。あたしも小さいころから大会で優勝を重ねて、注目を浴びていた。

 父は表ではドッシリと構えた道場主だったが、裏では必死だった。

 そう、うちの内情は火の車だった。有名だろうが、あたしが優勝しようが門下生は減る一方だし、父は経営がうまくいかずに毎晩頭を抱えていた。


 そして、湧いて出てくるおっさんたち。


 どこぞの道場から支援に来たとかいう特別師範のおっさん。

 なにをやっているのか分からないけど、入り浸るようになった経営コンサルタントとかいうおっさん。


「グヘヘ~リンカちゃんかわいいねぇ。おじさんに沢山打ち込んできてねぇ、ヒグッ~グヘヘ」

「もっとリンカちゃんを売り出して資金を集めましょう。その為には多少肌の露出も、グヘヘ」


 道場の建て直しとか言ってたけど……実際はセクハラ三昧の日々だった。


 あたしは、父や道場との関係性があるために強くは拒絶できない。

 そしてそれを知っているかのように、絶妙のラインで仕掛けてくるあいつら。


 ずっと耐えていた……。


 諦めるしかなかった……。



 こいつらの出すにおいが、嫌で嫌で仕方なかった。



 だから……こいつらは絶対信用しない。

 まわりのおっさんたちは、皆おなじに見えるようになっていった。


 そして―――


 幼少のころからのあたしに染み付いた嗅覚が、横を歩くおっさんには不要に近づくなと言っている。



 シオリは優しくていい子だけど。

 ちょっと危なっかしいところがある。


 人を信じすぎちゃうところがある。それがシオリのいいところでもあるけど。


 だからあたしがしっかりしないと。

 おっさんなんかに、あたしの大事な親友に手は出させないんだから。


 ダンジョンに入ってから、おっさんを注意深く観察したけど。


 なんか「たわし」ばかり出している……。


 魔族襲撃の際は活躍したって聞いたけど。そんな力の片鱗は一切感じられない。


 こんなやつがシオリを守れるわけがない。


 あたしは騙されないわ。


 そう思っていた。


 ダンジョン攻略も、ほとんどあたしが魔物を斬っていた。


 おっさんは途中から変な機械を出して、タワシをぶつけていたけど。

 意味が分からない。なんなのこの人。


 やはり勇者としての力を授かり、さらに心の鍛錬を幼少の頃から積んでいたあたしの足元にも及ばないんだと思った。


 あたしはこの異世界に転移した。


 勝手に転移させて魔王を倒せとか、その理不尽に初めは反発したけど。


 鍛えていくうちに、本当に勇者の力を備えていることがわかってきた。

 自分の身体の動きを感じれば、容易く分かる事だった。


 これは日本の道場では到底たどり着かない力。


 しかも、道場に巣食っていた臭いおっさんたちはいない。

 あたしの心を蝕むやつらはいなくなった。


 だから、こんなおっさんになんか頼らない。


 あたしが全部解決してやる。


 魔王も倒して、シオリも守って。


 そう思って奮闘していた矢先に―――


 剣が折れてしまった。


 2階層のミミックという宝箱のようなモンスター。

 これが想像以上に硬くて、焦りが生まれる。


 こなんところで止まってられない。


 その結果、無理な斬撃が重なり―――折れてしまった。


 やってしまった。


 剣は剣士にとって命なのに、スペアを持ってこなかった自分の甘さを悔いた。


 でも、こんなことで諦めはしない。


 あたしには勇者としての常人離れした基礎能力がある。

 毎日訓練も積んできた。


 前の世界では諦めそうになっていた。


 だからこの世界では諦めない!


 慣れない体術でなんとかミミックに応戦するが、次第に追い詰められていく。


 あたしが孤立しそうになった時、あいつが来た。


 たわしを連発させて、その間隙をぬって。


 なんで駆けつけてくるの!?


 勇者の力もないくせに。弱っちいくせに。


 本当に意味が分からない……


 あたしが困惑していると、おっさんが吹っ飛ばされた。


 あたしの背後に迫る、ミミックの舌攻撃をもろに受けたからだ。


 なにやってんの? 死ぬわよ……勇者でもないのに。


 でも地面に叩きつけられたおっさんは、なぜかそれほどダメージがない様子で起き上がった。

「特訓の成果だ~~」とか言ってたけど。そこであたしは気付いた。

 この人はこの人なりに頑張っていたことに。


 そして、例のタワシを出す魔法で刀を出した。


 この人なんでもアリなの!? 意味が分からない。


 結局その場はおっさんから借りた刀で、ミミックたちを一掃することが出来た。

 もの凄い切れ味……しかもとても頑丈な刀だった。


 その夜、おっさんに借りた刀を返しに行ったら、

 あたしが持っていたほうが良いって言いだした。


 え? どういうつもり?


 なにを企んでるのかしら? あたしは騙されないわよ。


 まあ、イヤらしいことをするつもりではないようだけど。

 利害関係が一致するからってことかしら。


 そう言うと、今まであたしの顔色を窺っていたおっさんの表情が変わった。


 そんなこと言うなと。


 道具として使い合う関係だけじゃない。シオリもあたしも守れるように頑張るって。


 なにそれ。


 あたしより弱いくせに……。


 でも、一応お礼だけは言っておいた。



 そして、翌日の第3階層。



 想像を絶することが起こる。


 虫だ。虫がダンジョン内にうじゃうじゃいる。しかも、あれに似ている。


 元から虫が苦手だったあたしは、恐怖のあまりおっさんの後ろについてしまった。

 とにかく怖くて怖くて、頭の中がおかしくなりそうでもうダメだった。


 でもここで退くわけにはいかない。


 あたしがなんとか退路を確保しないといけない。おっさんとお姫様に任せるわけにはいかない。だから勇気を振り絞った。

 拒否反応を出している体を無理やり動かして、なんとか前に出る。


 でも――――――やっぱり無理だった。

 ろくに刀すら振るえず、虫に囲まれていく。


 魔物がいっぱいで、真っ暗で、パニックになって。


 気付いたら、もう初めに振り絞った勇気など微塵も無くなっていた。


 そしてあたしは完全にその場にうずくまって、なにもしなくなった。


 前の世界でも諦めて。


 またこの世界に来ても―――結局諦めるんだ。


 虫が一斉に飛び掛かって来た。これで終りと少し他人事のよううな感覚に陥っていると―――


 一人の男性があたしの上に覆いかぶさって来た。


 おっさん!?


 この人、なにやってるの? 


 体を張って、あたしを虫からかばってくれている。

 おっさんが凄く近い。


 でも不思議とおっさんからは、嫌なにおいがしなかった。


 なぜかわからないけど、あたしはおっさんに手を差し出していた。


「大丈夫だ」と言われた気がする。


 その言葉から先はあまり記憶がない。


 全てが終わってからおっさんが声を掛けて来た。

 ポーションを飲んだあたしは、意識がしっかりしていた。


 やっぱりだ。


 嫌なにおいはしない。


 そしてシオリやハヤトが来て。回復魔法で動けるようになって。


 それからまたおっさんをジッと見た。


 前の世界でいやらしくあたしを見てくるおっさんたち。


 この人も程度の違いすらあれ、同じだと思っていた。


 でも違った。


 本当に下心があるやつは、魔物の群れに飛び込んでなんかこない。

 信念がなければできない行動だ。


 昨日おっさんが言った言葉は本当だったんだ。



 ―――全力で守ると



 勇者の力という恩恵すら受けていない人なのに。


 ふぅ……そっか。



「リンカさん。魔石も回収したし行くぞ」


 おっさんが声を掛けて来た。


「リンカ……」


「え? なに?」


「だから、さんはいらないって言ってるの!」

「お、おう……リンカ……」


 ふん、まあいいわ。

 まだ完全に信用はしてないけど。


 これからも話ぐらいはしてあげる。



 ――――――ショウタ。






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