第39話 捜索④

 あの日以来、クラスメイトの山中くんは私に話しかけてこない。

 ただ単に用事がないだけともいえるけれど。

 

 ……問題なく過ごせている気がする、傍目には。

 

 ゆえに、最近は着々と日記の捜索にあたっている最中だ。

 亮くんと一緒じゃないと捜索が進まないのが難点だけれども。


 そして、ダンボールをひとつ開け、私は思わず声をあげた。

 

 「ん、これは!」

 「見つけたのか?」

 「ううん、亮くんの小学校の卒業アルバム」

 「なんだ、別にどうでもいいな」

 「え、どうでもよくないよ!ちょっと中身見ていい?」

 「なんでだよ、嫌に決まってるだろ」

 

 ……断固として拒否されてしまった。

 今では学校一のイケメン枠に入る亮くんだが、小学生の写真なんかは、きっと可愛いのだろう。

 

 うわあ、めちゃくちゃ見たい。

 

 「でも卒業文集とか読みたかったのに。将来の夢とか、なにを書いていたのかなって思って」

 「別に面白いもんでもない。そもそも、俺は夢なんてない。先が決められてるからな」


 面白くなさそうに、亮くんはつぶやいた。

 

 「……そうなの?」

 「ああ。俺だけじゃなくて、凪兄も海もな。凪兄は海外の拠点の会社全般を、俺は国内の、海は国内の中でも科学、薬物に特化した会社を担うことになってる」

 「そうなんだ。3人とも――おいおいはどこかの社長さん、ってこと?」

 「そうなるな」

 「そっか。亮くんが社長さんなら、その会社も安心だね」

 

 その言葉に、ちらりと亮くんは私を見やった。


 「なんでそう思うんだよ?」

 「だって、亮くん――とっても面倒見いいじゃない。だから、きっといい社長さんになれるよ。でも口は……悪いけど」

 「…………」

 

 「ちょっと悪い、くらいかな」

 

 亮くんは少しだけ、私をじっくりと見たと思ったけど、やがてふいと別の方向を向いた。

 

 「そもそも、俺のどこが、口が悪いんだよ」

 「自覚ないんだ?」

 「本当のことしか言ってない」

 

 そういい、少しふくれっ面をしながら私の奥にある段ボールを取ろうとしたのか、後ろから手が伸びてくる。

 肩に息がかかり、囲みこむような体制に思わず緊張し動けずに、そのまま息を殺しじっとする。

 ふっと離れ、また息ができるようになる。

 

 これで意識してしまうのは、私だけなのだろうか。

 妙に腹立たしく思えてしまう。

 これが素だとしたら、かなりの天然で……女子キラーだ――……

 いや、そうじゃない。

 亮くん、って多分……ただ単に私の事、女の子だと思ってない気がする。

 

 「亮くん、私の事を婚約者だとか女の子だとか、全然思ってないよね?」

 「なんでだよ、一応はそうだろ」

 

 一応は?

 うん、やっぱり全くそう思ってない。

 それはそうだよね。

 私はそうして大きく首を振った。

 違う違う、こんな思考を捨てないと。

 私に今できることは、日記を探すことなんだから。

 

 「本当に、日記あるのかな?」

 「じいちゃんは、嘘はついたことがない。少なくとも今までは。だから絶対に屋敷の中にあるはずだ」

 「そもそも変じゃない?大切な日記で、そして探してるはずなのに屋敷の中にある?――ってなんで知ってるの?」

 「言葉通りだろ。じいちゃんの部屋と俺ら3人の部屋には無い、って前に断言してたよな。それにお前の手の届く範囲にあるんだろ?つまり、日記の場所を知ってるってことだ。ただ単に、俺らに探させたいだけだろ」

 「日記の場所を、知ってる!?」


 そう考えると、探させること、そのものに意味があるのだろうか……

 でも、どうして日記を読んでいい、ってどうしてだろう?


 混乱する私を見て、亮くんは口を開いた。

 

 「だから、無理して探さなくていい、っていったんだ。それなりの大事な日記かもしれないけど、場所を知ってるなら捜索は急いでないだろ。むしろ、探すのを中止して、いっそ俺らが結婚します!って高らかに宣言したら、どう反応するんだろうな」

 

「亮くんと……」


 私に対して愛してる、なんていう亮くん?

 いやいや、今の感じからは想像が全くできなさすぎる。

 

 絶対にそんなこと、かけらもこれっぽっちもそう思ってない。

 

 じゃあ、私以外の誰かをいつか好きだ愛してる、なんて――……いうんだろうか。

 そうイメージした瞬間にズキンと刺されたように胸が痛み、慌てて私は首を振る。

 

「そ、それはさすがにないけど。それか、見つけた、って嘘をついておじいちゃんが本当か確かめに行ったところを捕まえるとか……」

「さすがに、あの曲者じいちゃんが、そんなバカげた古典的な手にはひっかからないと思うけどな」

「そうだよねえ。でも、急いでないのかぁ。大切な日記をなくしたから、絶対に早く探さなきゃって思ってたけど」

 

 私はため息をつき、ふと思い返した。

 まだ少しだけ痛む心臓をこらえ、言葉を探す。

 

「でも、亮くんが好きな子ができたら困るもんね。もし、彼女にしたい子がいたら……私が邪魔に――。だから、それなりに急ぐよね」

「……って、それはお前もじゃ……」

「え?」


 私が聞き返した後、亮くんはまた黙りこくってしまった。


 「――いや。お互い、婚約者がいる身、だもんな」

 「今は、ね?」

 「そうだな」

 

 ぼんやりと亮くんは考え込んでしまって、そのまま再び静かに作業する。

 沈黙していた長い間に、彼は一体何を考えていたんだろうか。

 

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