忘らる命

学生作家志望

特攻隊

「僕の父は、勇敢でしたか?」


「ああ、とても。」


父は去年の夏頃、戦争に向かった。僕もそろそろ徴兵されるはずだったが、今年我が国は終戦を迎えた。長い長い地獄をようやく乗り越えた。でも、僕の家に父は帰ってこなかった。


代わりに僕の家の扉を叩いたのは、1人の軍人。その軍人は見るにまだ若く、聞けばやはり今回が初めての戦争だったという。


「こちらが、遺書です。」


渡された紙には確かに幼い頃はよく見た父の強い字がびっしりと書かれていた。


「父は、僕の父は」


悲しいのに涙は出なかった。父の死に様を想像すると、恐怖で体が震えた。


すすむさんはまだ若い私に、軍の誰よりも優しく接してくださいました。それは最後まで同じだったのです。」


「どういうことですか?」


「特攻を命じられたのは多くが私のような20代の兵。なので私ももちろん他の人と同様、特攻をしなければならなかったのです。」

「ですが………私はなんと言えば良いか、私は、」


軍人が涙を浮かべた。つーっとまっすぐ垂れていく涙を軍人は拭わなかった。


「私には覚悟が足りなかった………!だから特攻の前日言ってしまったのです、進さんに死にたくないと。」


「そんな、父は。」


「足にしがみついて泣いたままの私に、進さんはこう言ってくださった。私が代わりに特攻しようと。」

「それから進さんは遺書を書き、私に渡したのです。」


言葉が出てこなかった。僕は父ともう一度話したかった、会いたかった。でもだからってこの軍人に「あなたが死ねばよかったのに」なんて言えるわけがなかった。

軍人に対する失礼もあるが、この軍人の代わりに特攻をした父の気持ちを完全に踏み躙ってしまう。そんなこと絶対に出来ない。


「………ほんとうに申し訳ございません。わたしのせいで、」


何度も涙を流しながら頭を下げる軍人に、僕は父が書いた文章を読んだ。


「どうかこのわたしの命を忘れないでいてほしい。わたしは決して死ぬのが怖いわけではありません。真に怖いのは、わたしが死んでいったのを忘れられてしまうことです。どうか、どうか私のこの命をこれを読んでいる全ての人の胸の中に眠らせてください。」


「僕の父は優しくて、勇敢なかっこいいひとでした。今もそれは変わりません。だから頭を上げてください。父はあなたが頭を下げて謝ることを望んではいないはずですから。」


「っ、、ありがとうございます。」


「そういえば、この手紙は他の誰かに送られたりするのですか?母はもう病気で亡くなっているんですが………」


「手紙に、これを読んでいる全ての人と書かれていたので、他に送る人がいるのかと」


「確かに、変ですね。これを読むのは他に誰もいないはずなんですが。」


 ◆

「いってきまーす!」


「いってらっしゃい!気をつけるのよ。」


「虫とり虫とりっ!今日は何匹取れるかなー!」


田んぼ道を駆けていく少年。向かう先は虫とりに村で1番最適と言われている森。


「お、松井じゃんおはー」


「おはっよ!うわ、逃げられたし、くっそー。え、てかかつや、なんだよそれ!何持ってんだ?」


「気になるか?じゃっじゃん!」

「なんと新型のスマートフォンでーす!どうだ?かっちょいーだろ!」


「すっげえ………動画とか見れる?」


「うん!」


「へー、いいな俺もほしー。」


「てかあれだな、伊藤遅いな。」


「りょーすけ早く来いよなー。」


「お!あれじゃね………!」


指をさした方向にいるのは、田んぼ道を走る1人の少年、りょーすけ。りょーすけは手にとある写真を握りしめて、2人の方へ猛ダッシュした。


「ごめん遅くなって。」


「りょーすけどうしたんだよー、普段遅刻なんかしないくせに。」


「そうだよー。なんかあったの?」


「俺、これをみんなに見せたくて探してたんだずっと。」


「………なにそれ?」


「古い写真、?ガビガビじゃん。」


りょーすけが持ってきたのは、古くて画質の悪い写真だった。でも目をよく凝らして見れば、そこにあった文字や文章が確かに読めた。



「特攻隊………」


「俺のお母さんが言ってたんだよ、お前のおじいちゃんはすごい人なんだよってさ。それでこの写真をもらったから、気になって持ってきた。」


「そうだかつやのスマホで調べたら?」


「おお!ありじゃんそれ!」


まだ小学生の3人は読める文字が限られていたため、何とか読めるものだけをスマホに打ち込んで意味を調べていった。


「動画あった、特攻隊の。」




「なんだよ、これ………」


「かつや、これ俺無理だ、こわい。」


「何で自分から突っ込んで爆発してるんだろう、」


「俺のおじいちゃんも、この中の1人だったのかな。」


「………そんな、こんな死に方あんまりじゃ、」


「だってほら、この文章の最後の部分に、うっすら忘れないでほしいって書いてる。きっと俺のおじいちゃんは勇敢な立派な人だったんだ。」


自分が大切に守るその命は、誰かが繋いだ命。そのことを、決して忘れてはいけない。

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忘らる命 学生作家志望 @kokoa555

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