第46話 スキャンダル 蒼汰と由良

「家出中の西園寺家のご令嬢が由良と熟愛&密会……!? なんですかコレッ。なんで私と!?」


GIUB決定戦まであと1週間といったところで、舞い込んだテレビニュースに楓は思わず叫んでしまった。


 幸いにも今、ここには蒼汰しかいない。


 ニュースは先日、由良と会っているところを撮影されたらしい。

後ろ姿ではあったが、間違いなく楓であり……顔を覗き込まれていたシーンを撮影されたのだろう、互いの顔が近づいていて、いかにも親密そうだ。


「なんでこんな……ガセネタを! 私たち、そんな関係じゃないのに!」


「報道陣もうまいこと書いたね。家出して行方がわからないところを逆手にとって、あたかも『由良の家にいます』とでもとらえかねない報道だ」


「そんな……」


 泣きそうな楓に蒼汰はポンポンと頭を撫でた。


自分はここにいる、と提示することはできない。由良のところにいるわけではないのに、誤解を招く報道にもどかしさが込みあげる。蒼汰はその様子を見て、唇を噛んだ。


****


 数時間後。

 由良はホテルのラウンジで、ゆったりとソファーに座り来客を待っていた。

ロビーにはたくさんの人でにぎわっていたが、由良が座っていたのはVIP限定とあって、周りに人は誰もいない。


「お待たせしました」

「雪代のお坊ちゃんからの呼び出しとは……それも呼び出した側が遅れてくるとは」


 その場についた蒼汰は、由良の向かい側のソファーに腰かけた。

柔らかさがほどよい上質の椅子は座り心地がとても良い。


「失礼しました。あなたが西園寺楓と賭け事をしたせいで、僕も振り回されて忙しいんですよ。火消しもしなきゃいけないし」

「詫びの切り返しに皮肉とは、相変わらずじゃないか」


 由良は変わってないな、とばかりにニヤリと笑った。


「数年前の親開催のパーティー以降、会ってませんでしたよね。最近どうですか?」

「回りくどい挨拶はいらない、それで?」

「それじゃあ、早速……今回の件、わざとですよね?」

「なんのことだか……と誤魔化しはきかないな。その通り、西園寺楓とのスキャンダルを流したのは俺自身だ」


「何のために?」

「わからないか?」


 その時、ちょうどホテル側へと頼んでいたコーヒーが届いた。

ロココ調のティーカップが丁寧に2つ並べられる。


「楽しむためと……僕を呼び出したかったからですよね」

「さすが優等生……どちらも間違ってはいない。俺から直接呼び出したところで、いつもお前は応じないもんな。女のためにようやく重い腰を上げたってところだろ?」


 由良はコーヒーをごくりと飲み、蒼汰へ不敵な笑みを浮かべた。


「ライバルだと思っているのは親同士だけで十分です。いつも面倒だなと思って避けていたんですよ? ……ずっとあなたは僕にばかり喧嘩を売ってきますし。それに、由良さんのユニットは現時点で圧勝じゃないですか。何が不満なんですか」


「お前が欲しがるものを奪うことに意義がある。他のやつはハナから喧嘩にならないか、面白みがないからな。それで、今回は避けずに受けるわけだ。じゃあ買うんだな、喧嘩を」


「そうなりますね。あのスキャンダルも僕への……一種の挑戦ですよね?」

「どう思う?」


 蒼汰はコーヒーにミルクを入れ、一口飲み味を調節した。

視線を由良へ戻し、口を開いた。


「……僕からは以上です。そちらからご用件があれば、今のうちに伺いますけど。というか当然あるんですよね? 用件」


「ある。西園寺家から聞いたぜ。お前たちのオルフェウスが勝ったら『雪代家の長男を第一婚約者へ戻す』だと。どういう心境の変化だ? 女が惜しくなったから、婚約者に戻してくれと……都合が良すぎやしないか?」


「……明け透けにいえばそうですね、尤も……それで戻してやると二つ返事な方々ではありませんが。今回の由良さんみたいにとても優しい人であれば僕も嬉しかったんですがね」


「また皮肉か」


「いいたくもなりますよ、しつこすぎて」


「口車に乗らないヤツと食えないヤツは嫌いだ。お前はその両方、だからずっと喧嘩を売るんじゃないか」


「……はあ」


ごくりと最後のコーヒーを飲み干すと、蒼汰は再び由良を見た。


「それじゃあ、お互いの確認が済んだことですし僕は行きますから……ああ、支払いは不要です。もう払ってますし。お互い、検討を祈りましょうか」


 立ち上がった蒼汰に、由良は声をかけた。


「雪代。もし、賭けなしで西園寺楓が俺を選ぶなら……その時は諦めるのか?」


「他に好きな人がいるなら、もちろん僕は全力で応援しますよ。でも、楓はあなたを絶対に選びません」


「なぜそんなことがいえる?」


その問いかけに、蒼汰は目を細めて少しだけ笑った。


「……あなたは話を聞かない人間からですから」


それだけをいい、蒼汰はその場を去っていった。

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