第45話 由良 咲也

  楓の方から 「婚約の件で話があります。会っていただけませんか」と申し出ると「いつでも」と手短に由良の方から返答がきた。


  指定された先は由良の所属するプロダクションだった。

 早々に会うことになったと霧崎と蒼汰へ相談すると、二人とも不安そうに頷いた。

 

「由良は、競争心が高く独占欲が強くてしかも嫉妬深い性格だ。ってことは、僕たちが一緒にいればかえって逆効果だろうし。一緒に行かない方がいいと思う」


「……ひどいいわれようだと思うかもしれんが事実だ。由良には十分気を付けろ」


 二人にいわれ、不安が募る。楓は淳史からお守り代わりだと、オルフェウスのロゴが入ったキーホルダーをカバンにつけた。最近、不安そうにしているので、淳史なりに配慮してくれたのだろう。キーホルダーに触れ、少しだけ落ち着く。

 

「……それにしても、由良に会いに行くにしては可愛すぎない……? 会うなら――もうちょっと地味でもいいと思うんだけど」


 さらりと再び可愛いといわれ、楓は困惑する。

 ぶつぶつと眉間に皺をよせる蒼汰を後にして、楓は由良との待ち合わせ場所へと向かった。 さして派手にしたつもりもない。どちらかといえばメイクは控えめにしたはずだが。

  

 受付の女性に話しかけると、早々に由良の部屋へと案内される。

 ガチャリとドアを開けた先には、由良が立っていた。


「はじめまして、西園寺楓です」


 おずおずと申し出ると、由良はちらりと楓を一瞥した。

  

「一度、写真でなく生で見てみたかったが、お前が西園寺楓か。想像を絶する美女と聞いたが――イメージと違うな?」

「ありがとうございます」


 通常であればヒドイいわれようと腹もたつかもしれないが、今回の用件を考えるとかえって助かる。楓はうやうやしくお辞儀をすると、改まった。由良はその様子に秀麗な顔がゆがむほど眉をひそめた。

 

「待て待て、なんだありがとう、って。そこは怒るところじゃないのか」


「いえ、気にしません。私じゃどうも魅力が足りないみたいですし。残念ですが……、じゃあ婚約に関しては、これから、ご辞退されますよね?」

 

 笑顔で楓は両手を胸の前でついて、ほほ笑んだ。

 

「いや……そういわれると、逆に辞退したくなくなるかな」


 そういって、由良は楓のあごをぐいと引く。

 

「なるほど、下手なメイクで誤魔化そうとしたな?」

 

「いえ……、きのせいかと。私、きちんとお父様にお伝えしますから、辞退の手続きに関してはご安心くださいね! では、失礼いたします」

 

 やや棒読みで楓は畳みかけ、そのまま去っていこうとした。

 

「待て、まだ話してる途中だろう。俺に無断で帰るな。今、勝手に帰るなら辞退どころか無理やり婚約まで持ち込むぞ」

 

 後ろから声をかけられ、その言葉に楓はドアノブに手をかけようとしたところを止め、振り返る。

 

「なんでですか」

「どうして急に逃亡した女が、なんでわざわざきたのかと思ったら、その話を持ち込みにきたってことか。ってことは、もしかして他に男がいるのか?」


 どうやら内容は見透かされていたようだ。今はその言葉よりも――……

 

「男……他に、男!? いませんよ」

 

 そういいながら、カバンにつけたオルフェウスのロゴキーホルダーを無意識に撫でる。その一瞬の行動を由良は見逃さなかった。

 

「……? お前、オルフェウスのファンなのか? ってことは……やっぱり雪代と霧崎のどちらかと――……」

「え……ファン……といえば、そうですね」


あからさまにムッとした表情へと変貌した。


「……なんでわざわざオルフェウスなんだよ? あんなやつらより、俺の方がよっぽど上手いだろうが……」


 そのいわれように、楓も同じく不機嫌を露わにした。


「そんなこと、ありません。それは……オルフェウスの皆が優れてない、っていいたいんですか?」

「違う。俺の相手にはならないだろ、っていってるんだ」

「優劣を争っているなら、同じことじゃないですか」

「お前はあんな遊びで音楽やっている連中に俺が負けるとでも?」


「遊び!?  遊びじゃありませんよ! 全員、とっても頑張っています。あなたに負けないように、努力してるんですから! 今の発言は取り消してください」


「俺の方が、って事実を述べているだけだ。取り消すわけないだろ。むしろ、なんでそんなにこだわるんだ?」


「私がオルフェウスの皆さんのことが大好きだからです。だから、訂正してください」


「お前――婚約者の前で堂々と他の男が好き、っていうわけか?」

 

しまった、そういえば由良は嫉妬深い……と霧崎が言っていた気がする。

口が滑ってしまったかもしれず、慌てて訂正をしようと試みた。


「それも違います。そもそも、あなたも私も――お互いに、ただの候補者候補同士です。……どちらにせよ、この通り互いにあまり相性もよくなさそうです。由良さんからお断りするまでもなく、むしろ破談でよさそうですね」

 

「――ほう」

 

 由良の目の色がとたんに変わる。楓は警戒した。

なにか、さらに怒りを買ってしまったようだ。

 

「さっきから妙に腹立たしい発言をどうも。最初に比べて随分と強気になったな? 相当に俺の言葉が気にいらなかったのか。面白い」


 由良は楓の前に立ち、顎をすくい鼻で笑う。譲りたくない気持ちが勝り、楓は睨み返した。


「じゃあ賭けようか、わざわざ一人で俺のもとに辞退の依頼をしにきた勇敢なお嬢様? 次回のユニット総選挙でお前が大好きでたまらないオルフェウスが勝ったら発言撤回した上、俺は謝罪と婚約辞退をしてやろう」

 

「……オルフェウスが勝ったら、ですか」


「そしてオルフェウスが負けて――要するに俺が勝ったら――お前は俺と結婚してもらおうか」


「わかりまし――え、え! なんでですか!?」

 

「俺に会いに来て早々に媚びるか泣いて女々しくしてるようなお嬢様だったら、さっさと辞退しようと思っていたんだがなあ。話したらなびかないうえに反論するし、かえって面白そうなタイプじゃないか。それで――お前は、あいつらが俺に勝てると思ってるんだろ?」

 

「当たり前です!絶対に、負けません! 負けるわけないじゃないですか‼」

 

「それなら、なんの問題もないな?」

 

「いいでしょう、私も西園寺家の一人娘ですから、この程度の賭けでしたら、のってやりますとも!――もしオルフェウスが負けたら――私はあなたとの結婚に応じましょう。絶対に、負けませんけどね!」

 

「オルフェウスごときが俺に勝てる見込みなんてねぇよ。せいぜい俺のために花嫁修業にでも精を出しな? 結婚したら存分にかわいがってやるからな」

 

「――な、なんてことを……。もう許しませんから! 絶対に、本当に絶対に全力であなたを叩きのめしてやりますから! 実力で!」


****


「と、いうことがありまして」

「なんて馬鹿な賭けに乗ったの! 君は‼」


 事のあらましを説明した瞬間、蒼汰のツッコまれ、霧崎は全力で頭を抱えている。

 

「だって、許せなかったんです。オルフェウスのみんなが――バカにされて、どうにも黙っていられませんでした。喧嘩を売られて、絶対に買ってやるって気になったのは初めてです」


「それは嬉しいけどね、状況が状況だろ! 負けたら結婚、ってどうするんだよ!?」

 

「でも大丈夫です。自分の発言の責任は自分で取ります。負けたら由良さんと結婚しますから、みなさんにはなんの影響もありません」


「「あるに決まってるだろ!」」と二人に同時に発言され、楓は「ええ!?」と困惑する。


「…………」

「はあ、もう……本当にバカなの!? とにかく何としてでも勝つしかないでしょ……」


 ため息ばかりつきながら蒼汰は楓を見やった。

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