第7話 西園寺楓

 テレビをみて、声をかけられた蒼汰はテロップを読み、珍しく顔を引きつらせた。

 

「……西園寺財閥の一人娘?」


 そのまま蒼汰はゆっくり、真横に座っていた楓をみやる。楓はその射抜くような視線から逃げるように目を泳がせた。


 怪しいという段階を飛び越え、疑念は確信に変わる。なにより映った顔はエレベーター前での楓の顔そのものだ。弁解の余地などない。

 

 蒼汰は腕を組み顔を上にあげ、目を閉じるとしばらく考えたのち、ため息をついて立ち上がった。


「ちょっとコーヒー淹れてくる。悠、淳史も要るだろ?」

「いいね、ありがとう。蒼汰、手伝おうか?」

「いや。いい。今後のため楓にコーヒーの場所を伝えるから。楓、ちょっと教えるからこっちへ来てくれる?」

「あ、なるほど。たしかにそれもそうか。楓、よろしく頼む」

 

 そして、そのままカウンターキッチンに移動し、楓に手招きをした。

 楓がキッチンにつくと、蒼汰はフッと笑みを浮かべた。それが偽の笑顔だと察すると、楓もつられて苦い笑みを向ける。

 

「蒼汰……さん、あのぅ」

「僕が何をいいたいかわかるよね?」

「えっと、コーヒーの場所……を、教えてくれるんですよね?」

「うん、そうだね。コーヒーはね、ここの棚。お湯はこのポット。そして、スプーンたちはここ」

 

 蒼汰はわざとらしく丁寧にそういいながら、扉を丁寧に開け一通り解説する。そして手際よくコーヒースプーンでフィルターにコーヒー粉を入れていった。

 

 「ありがとうございます、今度からやります、よ……?」

 

 楓はおそるおそる言葉を伝えると、蒼汰はマグカップをキッチンテーブルに置き、楓の肩に手を置いた。びくり、と楓が肩を震わせるとゆっくりと目を細めた。

 

「……楓。あとで必要になるから、きちんと場所を覚えておいてね?」

「わかりました」

 

 ……想像以上に怒っている雰囲気がして怖い。いや、確実に怒っている。

 空気と視線がつき刺さるように痛い。

 すでに、この場からも逃げたくなる気持ちをこらえ、コクコクとただただ頷いた。

 

「――じっくりと、あとで君にゆっくりと長い長い話を……君にきかなきゃいけないからさ?」

 

 その耳元で唇がつくほどの距離感で、ささやかれた怒気を孕んだ声に、楓は恐ろしさに震える。


 ひい、と悲鳴をあげたくなるが堪え、やや涙目で再び小さく頷いた。

 

「あの……」

「今はいい。あとで聞くから。僕の部屋に、今伝えたとおりのコーヒーを持ってきてからだ」

「はい……」

 

手短に返され、その言葉で楓はうなだれた。

これは……、いよいよ事情を語るために腹をくくらねばなるまい、と。


******


覚悟を決めた楓は、2人分のコーヒーを片手盆にのせ、蒼汰の部屋のドアを控えめにノックした。

 

「とりあえず、入ってくれる?」


 声をかけられ、入った蒼汰の部屋は片付いていた。というより最低限の物しか置かれておらず、むしろ無機質ともいえた。観葉植物に、パソコン、最低限の本と雑誌、そして楽譜とCDはきっちりと並べられたかのように積まれている。

 互いに向き合った形でソファーに座り、楓はコーヒーを机の上に2人分置いた。

蒼汰は座ってと手のひらで指示して、楓は頷いた。

 

楓が口を開く前に、蒼汰が声を上げる。


「君があの西園寺楓なの?」

「え――……っと」


 そうなのだが、そうなのだと素直に答えるのもはばかれた。


「本当に大事なことなんだよ、正直にいって」


 その痛いほどの視線と剣幕に耐えかね、楓はしぶしぶと頷いた。

 

「……そうです」

「……そう、君が……西園寺家の……」


 蒼汰はしばらく頭を抱え、首を大きく振ったかと思うと楓の方を見やった。

 

「それで、どういうこと? よりにもよって家出したって何さ? 男性寮に忍び込んでまで、って……。もう、どこからどう突っ込んでいいのかわからない……」

 

「ごめんなさい」

 

「いや、いい。謝ったって仕方がないし。さっきのテレビの通りなら、君は捜索願いが出てるんだろ? こうなると、さすがに事件性が高くなるから家に帰った方がいいよね」

 

「……嫌です」

 

 楓の反論に、蒼汰は眉を吊り上げた。


「この状況で嫌です、でまされると思ってる? このままじゃ僕だけじゃなくてマネージャーだって、他のメンバーも全員が誘拐犯になるかもしれないし。とにかく厄介ごとはご免だ」


「誘拐だなんて、そんなことはないです! あり得ません! だって、私は自分の意思でここにいるんですよ」

 

 「……君の身の安全を考えるなら、ここにいるよりも家に帰った方がいいだろ。なんで、そうしてまで帰りたくないわけ? その理由を教えてくれないと、僕だって納得できない」

 

 楓はしばらく迷う。

 これをいっていいのだろうか。

 だが、話をしないことにはきっとそうたの説得もできないし、この件は終わらないだろう――と。


 「……わたし」

 楓はそこでようやく意を決すると、口を開き始めた。

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