第2話 エレベーター前

 同時刻、ホテル別階にはたくさんの人間がいた。

 

「今、ここにあの西園寺家のご令嬢がきてるそうだぜ」

「まじで?スゴイ金持ちなんだろ?美人かな?」

「どんなんだろ、ちょっと見てみたいな」

 

 その男の子たちの会話が耳の端に聞こえ、噂の人物である楓は柱の陰に隠れた。


 栗色のショート・ボブを肩まで垂らし、控えめだが黒の繊細なレースが織り込まれたワンピース、頭には同じレースがあしらわれた花飾りをつけている。とても印象的な大きな瞳で、周りの男性たちを眺めていた。


 ここにいるとバレてしまうかもしれない。とりあえず外にでてみようかと、楓はそう考えながら、再び辺りを見回した。すると、こちらを見やる男の子たちの視線を突き刺さる様に――痛いくらいに感じる。

 

 なんだか、この階はやたらと男の子がいる。それにしても同じくらいの年齢の子が多いと疑問に思いながら。不思議に思うと、エレベーター前に”オルフェウス”ユニット新規加入者オーディション、という幕があった。

 

(なるほど、アイドルのオーディションか何かなのかしらな? 通りで男の子が多いはずだわ……)


 ならば、とにかく身内の誰かに見つからないうちにどこかに隠れなければ、と廊下を見渡した。


やがて、目に付いたのは奥にひときわキレイというべき男の子たちが数人いた。

エレベーター前の周りの混雑にまぎれた者とは、一線を画す存在感の4人が。

 

 空気が、雰囲気がそこだけ違う。

 

 楓は、遠目から目を凝らしてじっとその様子を見た。そのうちの1人、赤い髪の背の高い男の子は、銀髪の男性に話しかけている。

 緩やかなくせっ毛の黒髪の男の子と、青みがかった髪の男の子はそれぞれ黙ってその様子を伺っているようだった。


 エレベーター前のコルクボードを改めて確認する。


 どうやらそのうちの3人はこのオーディションのメンバーのようで、顔写真と共に、名前が記載されている。

 赤髪の精悍せいかんな男性は淳史あつし、凛とした黒髪の男性はゆう、品の良い英明とした顔立ちの男性は蒼汰そうたと書かれていた。

 どれも三者三様な整った顔立ちの良さがあり、これをイケメンと一言で片づけてしまうには随分と勿体ない。

 

霧埼きりさきさんもオーディションの審査員役に呼ばれたんですか?」


 淳史にそういわれ、対峙していた銀髪の――際立った美形で長身の男性は全員を見渡し、首を振った。


「いや。残念だが偶然、このホテルに用があっただけで俺は違う要件だ。少し時間があったから他の階を回っていただけで」

 

「そうなんですか、残念です。あの、先日の新曲、聞きました。すごく良い曲です。今度、ぜひとも――」

 

「淳史、寮でいつでも会えるんだから挨拶はその程度にしてくれ。そろそろオーディションが始まるんだぞ」

 

悠はそういって、淳史の方をちらりと見て首を振った。

 

 「せっかく外で霧埼さんに会えたのに……。いえ、どうも失礼しました。俺たちはオーディションがはじまりますので、またの機会にでも」

「……」

 

 霧崎と呼ばれた男性にお辞儀を一つする。

 すると、悠と蒼汰は楓の方へとゆっくり歩いてきた。

 

 「そういえば、蒼汰も今日、ココで用事があるっていってなかったか?」

 「まぁね……。ちょっと親に呼ばれてたけど、もう大丈夫。たいした用じゃなかったから、そのままこっちにきた」

「そうか」

 

 淳史と呼ばれた赤髪の男の子は、まだ話し足りず納得がいかないといった表情を浮かべながら、その後へと続いていた。楓は辺りを見回すが、隠れるところはない。

 

 しかし、全員知らない人たちなので、気にしないで素通りしてもらえるだろう――楓はそう睨み、堂々とエレベーター前に居直ることにした。

 

 だが、男子の中にいる紅一点の女子は得てして浮くものだ。楓の予想に反し、淳史は一際にこやかな笑顔を浮かべ、楓にかけよった。

 

 「あれー?こんなとこに女の子がいる! もしかして、俺たちのファンかな?関係者?それかホテルのスタッフさんかな?」

 

「敦志、からむな。とにかく今は無視してくれ」

 

 そういった悠は楓を見て、一瞬だけ動きが止まった。

 

 「ええ!だってさ、俺好みだし? なんだかこのままなのも、めちゃくちゃ勿体ないじゃん。ごめんね、君みたいな超可愛い子がファンだと、俺は本当に嬉しいけどさ。ここは立ち入り禁止なんだよ。だから、サインはまた今度で。で、連絡先を教えてくれる? スマホ持ってるかな?」

 

 そういうと、淳史は楓の手をそっと手にとり、手の甲に軽くキスをした。


 「お前……女性なら誰でも好みじゃないのか」

 

 我にかえった悠は呆れ声で、ため息をつく。ありがたいことに、どうやらファンの一人だと思ってくれたようだ。安心し返事をせぬままこくり、と頷いた。


 その様子に残りの二人が眉を顰め、緊張が走る。

 

 「……君、本当に、俺たちのファンなのか?」

 

 悠にいぶかし気に問われ、楓は黙ったまま、ちらりと二人を見やった。

 

 「淳史に触られた時点で、だいたいの女は歓声があがるからな。ファンじゃなく、ここのスタッフにしては名札もつけてない。その、君は一体……?」

 

「まあまあ、たまにはこういうこともあるでしょー? ってことは、こんな場所まで追ってきちゃう君の推しは……悠か蒼汰のどっちかかな?」

 

 「どっちでもいいでしょ」

 

 楓の横から冷めた声が聞こえた。

 

 「またまた蒼汰はそんなことをいうんだ? 大事だよ、ファンを大切にしないとね。で、どっち?」

 

 楓はどう返そうか考えあぐねていたら、じっと顔を見られている気配を感じふいと真横を向く。蒼汰、と呼ばれた同じくらいの男性とバチッと目が合った。

 

 「――なんだ、蒼汰だったのか。残念だったね?悠」

 「いや、別に、気にしてないし……」

 

 淳史にそう返され、気まずそうにポリポリと頭を掻きながら、悠は楓の方から視線を外さない。

 

 「……」

 

 楓もその視線に応えるべく、今度は蒼汰から視線を外し悠を見返すように見上げた。けれど悠は見つめたままで楓に対し、何かをいいたそうにしているようにも見えた。

 

「……?」

 

伝えたいことでもあるのだろうか、と口を開くのを待っていたが、一向に話す気配がなく首を傾げる。

 

「時間がないよ」

 

 沈黙を破ったのは先ほどからひとり涼しい顔をした颯汰だった。

そう催促され、残る二人は同時に頷くと慌てて楓の前から去っていく。


 廊下の奥に残されたのは、あの霧埼という男性だった。腕を組み、こちらのやり取りをずっと見ていたようだ。そして霧埼は楓の方へ、ゆっくりと視線をあげる。

 

 二人の目線は遠いながらも絡み合い、やがて、何かに気づいたようにこちらへ向かってきた。

 

 「お前、もしかして……西園寺家の……!」

 

 そういわれ、楓は焦った。

 

 ――気づかれた。

 

 「失礼します!」


 いうやいなや、全速力で走りだす。

 その『西園寺』という、キーワードを知っているのはこのホテルでも限られるからだ。

 しかも、見ただけで自分が西園寺家の者だとわかるということは――?

 そこで考えをかなぐり捨て、とにかく逃げに徹するため楓は角を曲がる。


 「待て!」

背後、少し後ろから、霧崎の声が聞こえた。

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