見捨てられた星

@kawakawatoshitoshi

第1話

「クーラーが効かない世界じゃ、

 生物は生きられないんだぜ?もう。

 お前知ってた?」

 ヤスヒコは言った。

「そうらしいね、どうも。ここはもう夏には火星だか、別の惑星になってるんだな。」

 と、僕は答えた。


 この夏の最高気温は去年をまた上回った。


 僕らはクーラーの効いたチェーン店のコーヒー屋にいた。

 僕はうだつの上がらないフリーカメラマンで、ヤスヒコはただただその場しのぎの肉体労働をしている。


「さて、これからどうする?外は暑過ぎるぜ?」

 ヤスヒコが言った。

「そうだな、まだここに居ないか?どうせ急いで何処かへ行く所もないんだ。」

 と、僕は答えた。

 窓の外に何かのデモの列が通っていく。

「何のデモだろうねぇ?暑いのにご苦労なこった。」

 と、興味なさげにヤスヒコが言った。

 僕もさして興味はなかったが、ふと窓の外のデモの列にレンズを向けた。


 その刹那、デモの列に乗用車が飛び込んできた!


 僕は反射的にシャッターボタンを押す。

 軽く何メートルか突き飛ばされる人体。

「ヤベェ、コッチに来る!」

 乗用車は何人か突き飛ばしたあと、勢いを落とさず、コーヒー屋の窓ガラスに激突しようとしている。


 ふと、ファインダー越しに運転している人間と目が合ってしまった。

 運転しているのは若い男で、口元に笑みを浮かべていた。

「何してんだ!」

 ヤスヒコが僕の腕を引っ張った、その直後、乗用車は窓ガラスに激突した。

 間一髪僕らは避け切れた。

 コーヒー屋の床はガラスの破片でいっぱいになった。


「あぶねぇ、間一髪助かったぜ。」

 僕らがホッとしたその瞬間、

 運転していた若い男が大破した車の中から出てきた。

 手には包丁を持っている。

「ヤベェ」

 ヤスヒコ目がけて若い男は走り出した。

 僕はとっさにカメラのストラップを持ち、カメラを若い男の頭にぶち当てた。


 カメラは男の頭に見事にヒットし、その衝撃で男の手から包丁が放れた。

「何してんだテメェ!」

 ヤスヒコが馬乗りになり男を取り押えると、コーヒー屋の他の客もそれに加わった。

 しばらくすると近くのビルの警備員やら警察が来て、男は連行されていった。


「まったくなんて日なんだ、暑さでみんな狂っちまったのか?」

 とヤスヒコが面倒くさそうにつぶやいた。

「あぁ、かも知れないな。もうこの国の人間の80%はイカれてるって話だぜ。」と僕はまだ震えながら答えた。

「じゃあそろそろ残りの20%のマトモなヤツの反撃が始まるな。パレートの法則ってのがホントならな。」

「そうかも知れない。でも良く知ってるねヤスヒコ。パレートの法則なんて。」

「あぁこの前、柄にもなく自己啓発本ってのを読んだら、載ってたんだよ。良くわからないけど。」

「とりあえず、ここを出よう。」


 僕らはコーヒー屋を後にした。


 ふと、カメラを見ると、レンズは割れて壊れてしまったが、蓋も開いてないしフィルムは大丈夫そうだ。

 さっきの若い男の冷たく笑った顔が焼きついているだろう、と僕は思った。



 その暑過ぎるイカれた夏は、男の笑い顔と共に僕の頭に焼きついてしまった。


 定着液もないのに。



 








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