WIZARD of JUSTICE〜『正義の魔法使い』になるために必要な決まりごと〜

発屋ハジメ

001:正義の魔法使いの道へ

 不知火しらぬい朱日あけびは、当時の日本では極稀であろう魔法使いだった。

 戦中・戦前、魔法使いという概念は基本的には二次元的なもののみで、現実に存在しているとは思われておらず、研究が進んだのは終戦後の事だった。

 朱日はWW2の前に、不知火家の末子として生まれた男子で、幼少期を戦中の広島県の安芸で過ごしてきたが、都会に比べて田舎では、彼への偏見は一層強い。多少なり使えるぐらいならともかく、朱日の力は幼少期の頃から甚大で、制御出来るようになったのは小学校に上がってからの事で、それ以前の彼の暴走してしまう魔力を知る者からは「化け物」であると幾度となく言われたものだ。

 それでも尚、彼が精神を捻じ曲げる事がなかったのは、父親の妹夫婦の存在が大きかった。


「ワシらも同じじゃよ。朱日くんみたいに色々な魔法が使える。とは言え、そんなに強いもんじゃないがのう」


 なんて、青年・水無月みなづきいたるはゲラゲラと幼い朱日に笑ってみせた。

 至は朱日の父親の妹・不知火(現:水無月)桜花おうかの旦那であった。風体そのものは日本人らしく小柄で、典型的な田舎男児がそのまんま成長したものだ。眉も太く、ぱっと見は中性的ではない雰囲気。けれども、それが親しげな雰囲気を醸し出しており、朱日はそんな至を慕っていた。

 そして、そんな水無月夫婦だが、この二人も朱日と同じく魔法を使える人間であった。どうやら、魔法というものは家系や血筋に影響されるようで、程度の差はあれど、不知火家と水無月家には魔法を使える遺伝子が、優勢遺伝子として代々受け継がれているようなのである。

 朱日は至と不知火本家の縁側に座り、ぷらぷらと足を投げ出して不満げに言った。


「ぼくはこの力、イヤじゃ。皆から嫌われるし、抑えるのも難しいし……至叔父さんや桜花叔母さんはどうしてたんじゃ?」

「うん? ワシは兎も角、桜花さんも昔は朱日くんのように周りから遠巻きにされておったようじゃよ」


 そう言って、至は更に続けた。


「で、ワシは魔法よりも、喧嘩で物を言わせておったからのう。でも、桜花さんや朱日くんはそんな事全然せんしな」

「ぼ、ぼくだって喧嘩は強いけぇ! けど……」


 朱日は目線を伏せて続けた。


「そうなる前に、皆から嫌われて……喧嘩するまでもないっていうか、結局怯えられるし、怖がられるし……。この力の意味って、なんなんじゃろ」

「……」


 朱日が自分の手のひらを見つめ、眉を下げてしょぼくれているのを、至はジッと見つめた。朱日はこの力が無ければ、自分はこんな立場に居なかった、と、思っているのだろう。それもそうだ、こんな小さな体で制御出来る力なら、それこそこんなに疎まれる事はない筈だ。

 暫く沈黙が走る中、至はフゥと息を吐き、そのまま言葉を続けた。


「その力、もし、他人のために使えるってなったら、朱日くんはどうしたい?」

「――え?」


 想定もしていなかった至の言葉に、朱日は思わず驚いたのか、緋色の目を丸くして彼を見た。

 至は続けた。


「ワシは昔、正義の魔法使いってモンになってみたくてなぁ。困ってる人を魔法で助けたり、力を貸したり――そんな存在だったら、魔法も良いものだって思う筈なんじゃよ」

「正義の……魔法、使い……?」

(魔法で……助、ける……?)


 朱日からしたら、至の言葉は自分の中では繋がらないものだった。自分にとって、魔法というのは、恐ろしくて未知の力であり、他人に害を成すもの。時には人1人を殺しかねないものでもあり、畏怖されるのが当たり前、という認識であった。しかし、至はそんな恐ろしい力を他人を助けるために使いたい、と言っている。

 いまいちしっくり来ていない朱日に対し、至は質問した。


「朱日くんが使った魔法の中で……例えば、物を破壊するモンがあったと思うが」


 と、


「それって、決して悪い事じゃないんじゃよ。確かに必要なもんを壊してしまうのはダメじゃが、もし――空襲の焼夷弾や、B29をその力で破壊できるのなら、話は違ってくるじゃろ」

「あ……」


 朱日はその例えで、やっと気が付いた。

 もし、この力が人ではなく、「人に危害を加える脅威」に対して向けられるものであれば、確実に助力になることが出来る。確かに朱日の魔法は強大な力でありながらもまだ未熟で、思わぬところに作用してしまう事はある。が、そこを思い通りに操れるようになれれば、魔法に対する見識も変わるというものだ。とはいえ、今の日本でこれを実行するのは簡単な話ではない。

 至は納得している朱日を目の前に、更に続けた。


「ま、そういうこったのう。どんな力もそうじゃが、正しく使う事が出来れば役に立つし、そうでなければ他人に害を成してしまうだけじゃ。ワシは後者にならんように、自分の魔法の力とは何年も向き合ってきたつもりじゃ」


 そう言って、至は空を仰いだ。


「朱日くん、君の人生はこれからも長い。きっと、正義の魔法使いになれるじゃろう」

「至叔父さんはならんのか? 今からでも遅くないじゃろ。とーちゃんも至叔父さんは若いから未来がある言うてたぞ」

「……いや」


 至はこれから先の未来について、何かを察しているのか、目を細くした。


「ワシは多分、もう無理じゃろうなぁ。周りが赤紙で徴兵されて、戦地に赴いて――少なくとも、朱日くんが大人になるまで見届ける事は出来んと思う」

「……」


 朱日は目を伏せた。

 この時代の若い男子は赤紙で直々に兵と召集され、戦地に赴き、特攻兵として命を散らす。朱日もその事は幼いながらに重々承知していたつもりだが、いざ、本人の口からそれを言われると、否定したくなった。しかし、もし、上から令が入れば、至はそれに逆らう事も出来ないし、こちらも見送るしかない。だから、朱日は何も言えなかった。

 そして、至はニッと笑みを浮かべて、続けた。


「だから、朱日くん。君が正義の魔法使いになってくれ。その力があれば、将来人の役に立てる筈じゃ」

「ぼく、が……」


 朱日は実感が湧かなかった。確かに、正義の存在というのは子供にとっては非常に分かりやすく、憧れるものであるが、朱日は幼い割にいちいちリアリストらしく、すぐに「うん」と頷く事はなかった。自分が魔法を使えるというだけで疎まれている記憶が強い為、現実的ではないものには、そんなに憧れが持てないようだ。

 そんな幼い少年に対し、至はゲラゲラと笑った。


「ま、そうやって考えるのは、生き延びてからでも良いじゃろ。ワシはそういう考え方もあるって事を言いたかったんじゃよ」


 そう言って至が立ち上がると、丁度、桜花の声が後ろから聞こえてきた。


「至さん。あの……そろそろ、家に……けほっ」

「おお、桜花さん。体調も辛いか」

「すみません……今日は調子いいと思ったんですけど、やっぱり……」


 桜花はゲホゲホと咳き込みながら、至にそう伝えた。

 桜花は見た目は非常に麗しく、一言で言えば「美少女」だった。艶のある黒髪に、おっとりした垂れ目。そこに加えて可愛らしい顔立ちは、至を夢中にさせるには十分だった。

 この2人の出会いは、そうロマンチックなものではなく、普通にお見合いであると、朱日は聞いていた。なかなか桜花の引き取り手が決まらずに、不知火の方も四苦八苦している中、同じ魔法使いの血族である水無月の方に話が行ったのだが――お見合い初日に至が桜花に一目惚れし、勢いのまま桜花に土下座で結婚を懇願。あっさりと婚約、結婚まで進み、今に至る、ということらしい。

 至は桜花の声に反応すると、縁側を伝って家の中に上がり、その頭を撫でた。


「桜花さん、最近咳が酷くなってないか? 医者呼んだ方が良いじゃろ」

「す、すみません……迷惑かけてしまって。ただの風邪だと思うんですけど……」

「良いんじゃよ。ワシは桜花さんの旦那様じゃ、気にするな。とりあえず診てもらわんと治るモンも治らんよ」

「あぅ……本当にすみません……」


 桜花は至に申し訳なさそうに言うと、朱日に視線を向けた。


「朱日くんも、風邪移しちゃったらごめんね……。こういう事に魔法が使えれば苦労しないんだけど……」

「叔母さん、あんまり気にしなさんな。元から体が弱いんだから」

「うぅ……本当にごめんね。じゃあ、また後でね」


 そう言って、桜花は至に連れられて、不知火本家を後にする事になった。

 朱日はそんな2人の背中姿を見送りながら、「戦争中なのに、お熱いのう」なんて、暢気に思っていた。


 ――朱日が2人が揃っているところを見たのは、これが最後だった。


 桜花はこの後、結核で命を落とし、至は特攻隊へ召集され、そのまま戻る事はなかった。

 桜花が死んだほぼ直後、至は召集の為に水無月の家から去り、特攻兵器「桜花」と共に身を投じて、人生に幕を下ろしたという。その知らせは不知火本家の方に届けられ、朱日はその報告状を手に、桜花の墓の前で呆然と立ち尽くしていた。

 今は戦争も末期。空襲警報も毎日のように響き渡り、今もけたたましく、何処からかサイレン音が響いている。防空頭巾を手にして逃げなければならない一方、女子のように伸びている葡萄茶色の髪の毛が、風に揺れた。

 一緒に来ていた兄達が、遠くから朱日に対して「逃げろ!」だの「早く来い!」だの言ってくるが、当の朱日の耳の中には入っていないようだ。

 朱日はその場でへたり込み、自分をよく理解してくれていた2人を失った事に対する強い喪失感に襲われた。桜花の時ですら貴重な食事が何も入らなかったというのに、そこに加えて至まで――朱日からすれば、絶望の淵に立たされたのと一緒であろう。

 同時に、あの時、「正義の魔法使いになる!」と、至に返せなかった事を悔やんでいた。至はあんな事を言っていたが、どうせ生き残るし、ちゃっかり戻ってくるだろうと。そして、今ですらそんな事を思ってしまうが、手元にある戦死報告状が現実だった。


(……もしかして……魔法が使えれば、至叔父さんもあんな事せずに済んだのか?)


 もし、魔法が公に認められた戦闘手段なら、至も特攻隊なんぞに回されずに、もっと別のところで重用されていたに違いない。どのみち危険なのに変わりはないものの、死ぬ為に戦争に向かうよりはずっとマシな筈だ。桜花だって、魔法という存在が認められていれば、もっと色んな人に囲まれて暮らす事が出来たであろうし、医療用に魔法の研究が進んでいれば、もっと違った結果になっていたかもしれない。

 朱日は自分の手のひらをゆっくりと見下ろして、至とやりとりしていた当時を思い出していた。


 ――ワシは昔、正義の魔法使いってモンになってみたくてなぁ。困ってる人を魔法で助けたり、力を貸したり――そんな存在だったら、魔法も良いものだって思う筈なんじゃよ――。


(正義の魔法使い……ぼくにも、なれるもんなのか……? もし、なれたのなら、叔父さんと叔母さんは喜んでくれるんじゃろうか)


 その時、空襲警報が鳴り止んだ。どうやら空振りだったようだ。

 朱日は空襲警報が鳴り止んだのを確認すると、へたり込んでいた体をゆっくりと腰から上げて、再び立ち上がった。それから、手に持っていた報告状を改めて見返し、最後に自分が見た至の笑顔を脳裏に浮かべた。


(……そうじゃの。ぼくじゃないと出来ない事があるんじゃ。それが正義の魔法使いであるのなら……なるしかない)


 暫くして、朱日は空の状況を確認した。警報が鳴り渡っていたのを思い出して、もしかして空に戦闘機やら爆撃機やらが旋回しているのでは、と、今になって不安になったのだが、そこは流石空振り。空の方は特に変化はなく、いつも通りまっさらな青空だ。

 朱日は改めて桜花の墓に顔を向けて、下の方に報告状を折り畳み、置く。そして、パン、と、小さく音を鳴らして顔の前で手を合わせると、目を瞑った。


(至叔父さん、桜花叔母さん。ぼくはずっと魔法という存在が嫌だった。化け物だと言われるし、皆から嫌われるし、こんな能力が好かれるわけがないって、思い込んでおった。でも)


 と、


(ぼく、決めたんじゃ。叔父さんが言ってたような、正義の魔法使いに――なってみせる。時間は掛かるかもしれんけど、今後同じ能力を持って生まれた子達が苦労する事はあっちゃダメだと思うし……それに、魔法の存在が認められれば、疎まれることも無くなる筈じゃ。だから、空から見守っててくれ)


 朱日はそうして手を下げて、再び空を仰いだ。


 1945年8月15日。玉音放送と共に日本は終戦を迎え、戦後の混乱期を歩んだ。

 朱日もそんな混乱に翻弄されつつ、何とか厳しい時代を乗り越え、時間が過ぎ――1950年。彼は小学校卒業を目前に控え、これから中学生になろうとしていた。

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