第38話ある初夏のこと②(ワカナチの懐古)
「ミンミン!!」
「っ…ワカナチ、どうしたんだ血相を変えて…」
「俺を…俺を早く西の大陸に捨ててくれ!」
朝餉を囲むミンミンの家族たちが俺の存在を認めて、悲鳴をあげ部屋の隅に逃げ込んだ。
椀がひっくり返り、食卓が散乱する。怯え切った視線が刺さる。
ミンミンは片膝をついた格好で、家族を守るように片腕で後ろに隠した。
「ワカナチ、なぜ…なぜ我が家にケガレを持ち込んだ…」
「聞いてくれよ!父ちゃんが、母ちゃんを!!」
「たわけが!!今すぐ出て行け!!」
「ミンミン!!」
「…穢らわしい。その口で名を呼ぶなっっ」
ミンミンは唇を戦慄かせて戸口までずんずん歩み寄ると、仁王立ちになった。会う度顔の変わらないミンミンの、初めて見る怒りの表情だった。
「あ、あ、っっっ!!!」
「自分が何者なのか自覚しておらんやつ程扱いにくいものはない。だから、穢れに選ばれる者は赤子と決まっているのだ、ワカナチよ」
「ミ、ミンミ…」
大人の濁った眼に見下ろされて、恐ろしさと悔しさとで己が分からなくなった。
何度も何度も叫んで、再び島中を走り回った。
島の人たちは、なんだなんだと戸口を開けて、正体が俺だと分かると、一様に扉をピシャリと締めた。
泉のほとりにたどり着いたが、足が絡まって派手に転ぶ。
「ってぇー…」
水面に映った恐ろしげな顔の刺青が否応なしに現実を突きつける。
「くそっ!」
何度も水面を殴って、水飛沫が舞った。
「は、はあ…はあ…」
涙なのか水滴なのか判然としない。顔をがしがしと拭った。
がさり、
音がした方を振り向いた。
そこにいたのは、昨日俺に目線を汚されたと言う少年だった。島の子どもと遊んだことなどないので名前は知らない。
「う、うわ…最悪だよ。二日続けて…。また目ぇ洗わないといけないじゃん」
ぶつくさと文句を言って足早に俺から離れようとした。
(もし、産まれた順番がこいつと逆だったら、こいつが穢れだったのだろうか)
思わず手を伸ばした。
「…いちいち面倒くせぇ。ふざけんなよ」
文句が止まらないそいつを、思い切り抱きしめた。ぎゅう、と力一杯身体を密着させる。
「え……?…へ?」
「……」
「お、おおおい、お前、お前っっっ!!!!!」
少年は身体をがちがちに硬直させて、首の筋がはっきり浮き上がるほどに絶叫した。
「うわあああああぁぁあああ!!!!」
喉が潰れるまで叫んで、ただ身体を固めるしか術のなかった少年は、やがて逃げることを思い出した。
「ひっひっ!!!!!」
ひくついて、うまく言葉が出ない上に、腰が抜けたらしい。尻餅をついて、俺を凝視した。
俺を見てから自分の手のひらを見比べて、また絶叫した。
恐ろしくても、まず状況確認したくなる人間の心理とは面白いものだ、などと思う。
「あ、お、お前…なんで…なん……うううう…ぐすっ…うえええん!!!」
なんとか立ち上がって、躓きながら逃げ帰って行った。
(こう言う時、どうなるんだろう。殺されるのかな。別に良いけど)
不思議と清々しい気持ちが訪れる。
(変なの…。今帰ったら、きっと大変なことになるんだろうに)
ほとぼりがさめるまで、しばらく泉で時間を潰すことにした。
多種多様な鳥が飛び交っている。ごく小さな鳥が、朝露に濡れた身体を懸命に振るっていた。
俺と目が合うと首を傾げて毛を繕っている。
「…お前も、目が汚れるぞ」
声をかけたが、小鳥は陽光を探して飛び立った。
しばらくすると、餌になる木の実を咥えて俺の肩に止まった。
「おい、俺に触ると…」
ちゅんちゅん、小さな声で鳴くと、咥えた実を飲み下した。
ぐううぅ…思い切り腹が鳴る。そういえば、夕飯も食べずに夜中中穴を掘って、朝から走り回っているのだ。それは腹も減るだろう。
仕方がなく、家に帰ることにした。
鳥はすぐに飛び立ってしまったし、とぼとぼと家に戻ると、島中の人が家の前で仁王立ちに立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます