第30話 お花を買わないでください①

 ぎゅうと噛み締めたせいで、リーリエの唇から血が出ている。


「おい、よせ!治してやるから口開けろ!」


 兄の申し出に、リーリエはぶんぶんと首を振って私の後ろに隠れた。


「お、おい!なにをして…」

「兄様…っ!」


 回復師の青年は息を呑んで、思い切り動揺している。

 私は、私の服をひしと掴んでいる少女に向き直って、抱き寄せた。


「…リーリエちゃん、貴方はお兄様が悪者になるのが嫌なのでしょう?」

 こくこく、

 涙をいっぱい溜めて、何度も頷いている。

「あなた、言葉が出てこないのは、初めから?」

 ふりふり、

 長い髪を揺らして、首を横に振った。

「失礼だけど…もしかして、お金が必要なのはそのことが原因?」

 この問いに、回復師は顔を赤くして何か言いかけたが、リーリエの方ははっきりと頷いた。


 私は回復師と向き合う。彼は唇の片方を歪ませて笑っている。


「…なんだ、今度はおせっかいか?」

「妹さんのためにお金が必要なのは分かったわ」

「るせー、お前に関係ねぇだろ!去れよ!」

「あら、関係大ありだわ。私のパーティメンバーも三人、夢の中なのだもの。文句を言う権利、あるでしょう?」

「へえ。よし分かった。お前のメンバーは死んでも目覚めさせない。今この瞬間決めたからな!!」

「…協力してあげる、と言ったら?」

「は?」

「妹さんの為に、私、協力してあげる」


 レノンさんが思い切り息を吸って、吐き出せなくなっている様だ。「お、おい…?メイリー、さん?」と言ったきり、ふらふらとよろめいて顔を青くした。


「落ち着いて、レノンさん。つまり妹さんの言葉を元に戻せば良いわけでしょう?そうしたら、街のみんなを目覚めさせてくれるのね?」

「は、はあ!?バッカじゃねぇの!?俺が回復師である限り妹は……!」

「へえ?貴方が回復師になったことで妹さんの言葉に影響が?それなら貴方は必死よね」

「〜〜〜!!!!くそ!もう俺たちに関わるな!!おい、そこのジジイ!金は用意できたのかよ!金さえくれればあのババアを目覚めさせてやるぞ!勇者様のメンバー以外はな!」

「…どこまでも馬鹿にしやがって…俺たちが何したってんだ…」


 がっくりと崩れ落ちるレノンさんの懐から、金貨がジャラジャラとこぼれ落ちた。


「奥さんが夢の中で泣いてますぜ?まだ目覚めさせてくれないのかって」

「このッッ!!!」


 胸ぐらを掴まれた回復師は余裕そうな、けれどどこか人生を諦めた様な笑みを返している。


「…離せよ。どっちみち俺がいなけりゃみんなオネンネしたままなんだぜ?その俺を立ち往生させるなんて、街の人からしたらどっちが悪者なんだろうなぁ」

「どう考えても、お前だろ!!元はといえば…」

「だから、騙される奴が悪いんだって。自分たちの頭の悪さを他人のせいにしちゃいけないな」

「てめぇ!!!」

「もういい、おい行くぞ、リーリエ」


 少女は兄を睨みながら、一歩二歩と後退する。

 ガリッ

 次の瞬間、少女の口から血が溢れて、彼女の手や服を真っ赤に染めた。


「…リ、リーリエ?」

「し、舌を…!!舌を噛んだんだわ!!口を開けて!!!っっっ!!!すごい力だわ!!」


 私は何とか口をこじ開けようとするけれど、抵抗されてどうにもうまくいかない。

 なりふり構っていられない、と思い、自重をかけてリーリエを拘束した。

 力づくでこじ開ける。僅かに開いた隙間に指を滑らせることに成功した。


「くっ…指が噛み切られそう…!!レノンさん!!枝か何か持ってきて!!早く!!」

「お、おう!!」

「お兄さんも!!何を突っ立ってるの!?妹さんを押さえてちょうだい!」


 指に歯が刺さり、リーリエの血なのか私の血なのか分からなくなる。

「ほら!枝だ!突っ込むぞ!」


 レノンさんが横向きに枝を差し込んで押さえてくれた。


「…どうやら、気を失ったみたいだ…」

「……」


 動揺しているのか、立ちすくんでいる回復師の頬を思い切り引っ叩いた。


「っ!!」

「言いたいことは山ほどあるけれど、まずは、妹さんを回復させて。話はそれからだわ」

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