第29話お花を買ってください⑤

 路地を三度曲がって、突き当たりの古びた家をコノリーが指差した。


「あそこから出てきたんだよ」


 レノンさんは怪訝そうな顔をして問う。


「おいおい、なんだってお前はこんなところにいたんだ」

「良いだろ別に」

「こっちは急いでいるんだ、嘘ついてねぇだろうな?」


 レノンさんの言う通り、この空き家を目指して歩いてこない限り、こんな袋小路に入ってくるとは思えなかった。ならば一体、コノリー少年はこの空き家に何の用があったと言うのだろう。

 疑問は残るが、今は少ない証言を手掛かりにするしかない。


「レノンさん、コノリーくんもお母様が未だ目覚めない状態です。そんな時に嘘をつくとは思えないのです。今は彼を信じませんか?」

「…うっ…まあ、メイリーさんがそう言うなら…」

「さて、いきなりですが、あの空き家ノックしてみますか?」

「え!?だ、大丈夫かよ…誰がいるか分かったもんじゃ…」

「私は勇者ですよ?」

「そうかもしれないけど…あ、おい!」


 ドアに耳を当てたが何の音もしない。だが、人の気配がある。誰か中にいるのだろう。

 緊張感が漂う。一瞬躊躇う。

 意を決して、遠慮がちにノックした。

 返事は、ない。


(判断を誤ったかしら。ここは一気に乗り込むべきだったかもしれない)


 今度は強めのノックを響かせる。

「すみません。どなたかいらっしゃいますか?」

 やはり返答はない。

 私は賭けに出ることにした。


「お、お花を…お花を買いたいのですが」


 がちゃり。突然扉が開いた。

 扉が開くのを待ち望んでいたけれど、あまりにも急で驚き一歩後退する。

 中から出てきたのは、確かに昨日見た花売りの少女だ。

 溢れんばかりの瞳を大きく開けて、揺らぎなく私を見つめている。


「お花を買って頂けませんか?」

「…昨日、街で花を売っていた子よね?あの百合の花は、あなたが仕入れたものかしら?」

「お花を買って頂けませんか?」

「…あなたの他に誰か中にいるの?お話がしたいのだけど…」

「お花を買って頂けませんか?」

「……」


 埒が開かない。

 玄関から中を見るけれど、誰もいないみたいだ。

「あの…」言いかけた時、レノンさんが急に少女の肩を掴んだ。


「おいこら!お前が売った百合、なんか仕込んだだろ!正直に言いやがれ!」

「レノンさん!ちょっと!!」

「おい!クソガキ!!」


 少女は揺さぶられながら、ほとんど泣きそうに鼻をひくつかせている。


「お、お花を、買って…頂けませんか?」

「このッ!!!」


 瞬間、影が落ちた。それに気がついた時、とんでもない威圧感に押しつぶされそうになる。


「ッッッ!!!」


 柄に手をかけて、振り向く。

 そこには


「妹に何をしている」

「兄様、兄様」


 顔には見覚えのある、特徴的な植物の模様。

 確かにあの回復師だった。

 レノンさんが果敢に食ってかかる。


「やっぱり…お前らグルだったのかッッ!!!!」

「はあ…」ため息をついた回復師の青年は、長い前髪をかき上げると、レノンさんに近づいて言った。


「…騙される奴が愚かなのだよ」

「なッ!?」

「良いかい、この世には騙されるまで気が付かない奴がいる。自分は絶対騙されないと心から信じきっている奴だな。そう言う奴は、救いようがない」


 少女は兄にしがみついた。頭を撫でられた少女は、さらにぎゅうと力強く抱きついている。


「そして、騙されても、自分が騙されていると最後まで気が付かない奴がいる。そう言う奴は、俺が仮初の救いを与えてやる」

「さっきから、何を言っているのかしら?貴方は回復師なのでしょう!?人を騙してお金儲けするために回復師をやっているの!?今、回復師は引く手数多だわ…そんなことをする必要なんて…」

「お前、何も分かってねぇんだな。頭の中平和でいっぱいかよ」

「貴方にどんな事情があったって、無関係な人たちを陥れるようなことが許されて!?」

「くっ…くくく…ははははは!!!!」


 突然笑い出した光景があまりにも不気味で、息を呑んだ。


「あんた、勇者か。メイリーとかいう、女勇者だろ。噂では公爵令嬢なんだとか?まあまあ、高貴な出自のご令嬢が、御自ら危険も顧みずに、大変ご立派なこってす」

「今、私がどうだとか関係ないでしょう。自分たちがしたことの責任をきちんと取りなさい」

「おー、今度は説教ですか。怖い怖い」


 両手を前に突き出す様な仕草でおちょくっている。


「いいわ。なら、街の人たちに言って…」

「あー、それは…言ってどうするのかお聞きしたいね。言ったところで、俺が目覚めさせない限り眠った奴らは目を覚さない。ならば、みんな俺を頼らざるを得ないんだからさぁ」

「なんて人なの…!!しかも、妹に犯罪の片棒を担がせて、随分なお兄さんなのね?」


 暫く睨み合っていると、妹が「兄様、兄様」と言いながら私と回復師の間に立ち塞がった。


「リーリエ、大丈夫だ。気にすることはない。この街はこのままにして立ち去ったって良いんだ。今度は王都に行ったらもっと儲かるかも…」

「兄様!兄様!」

「リーリエ?」

「兄様…っっっ」


 リーリエと呼ばれた妹は、ぼろぼろと涙をこぼした。

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