第26話お花を買ってください②

「リーリエ、よくやってくれた。今頃街は混乱に満ちているだろう」

「兄様、頑張って」


 兄と呼ばれたワカナチは寂しげに微笑むとリーリエの頭を柔らかく撫でた。


「兄様、頑張って」

「ありがとう…」

「兄様、頑張って」


 リーリエの様子に、それ以上はついに言えなくなって立ち上がる。


「じゃあ、行ってくるよ」





✳︎ ✳︎ ✳︎





 街の様子を見てきた女将さんが血相を変えて戻ってきた。


「メイリーちゃん!大変だよ!ご近所の人が、何人も目が覚めないって……」

「…やっぱり…!!」

「あんた、何か知ってるのかい!?」

「昨日、花売りの少女がウチのメンバーに白い百合を売りつけたんです…先ほど確認したところ窓辺で黒く変色していました。あれはきっとなにかあるはずだわ」

「誰だい!そんなの買ったのは!チャラボクロかい!?」


(チャラボクロ…確かにディエゴには口元にホクロがあるけど…)


「…お察しの通りのディエゴです」

「ったく!あのチャラいのは嫌いだよ!」

「ええっと…失礼がありましたか?」

「アイツはアタシのことを、いつもイヤらしい目で見てくるんだよ!」

「はあ…それはスミマセン…」


(なんで私が謝ってるんだろ…)


 今すぐ叩き起こしたい衝動をぐっと堪える。引っ叩こうが、つねろうが起きないことはガタイのいいレントで実証済みである。


(顔がパンパンに腫れちゃったんだよね…起きる頃には、どうか腫れが引いていますように…)


「…私、今すぐその花売りの少女を探してきます!女将さん、ウチのメンバーをお願いできますか?」

「やたらデッカいのと金髪のお兄ちゃんの世話は任せときな!」


 さらっとディエゴが除外された気がするけれど、きっと気のせいなので、私はにっこり笑って敬礼すると勢いよく飛び出した。


 外は朝の清らかな空気で満ちていた。空はどこまでも高く、鳩が飛び交っている。

 けれど、街にはどこか緊張感が漂っていた。

 突然大きな声が響く。


「回復師様!!ありがとうございます!!なんとお礼を言って良いか…ほら、お前も頭を下げなさい」

「私はもう、何が何やら…」

「とんでもない。当たり前のことをしたまで」


 いきなりそんな会話が飛び込んできた。

 見れば五十代の夫婦が膝をついて一人の青年に頭を下げていた。


「…では、お代は十万ゴールドです」

「……え?じゅうまん…?」

「どうかしましたか?まさか、治してもらっておいて、払えないというのですか?」

「あ、あの…それはちょっと…高すぎるのでは…」

「はあ…なら仕方がないですね。戻りましょうか、夢の世界に」

「えっ…」


 ぱちん、と指を鳴らすと中年女性は地面に伏してしまった。


「お、おい!!!しっかりしろ!!起きてくれ!!」

「…では、おやすみなさい」

「あっ…そんな…回復師様!!!!」


(顔に入った独特な植物の模様…)


 確か勇者・フェンネルのパーティメンバーにも顔に模様が入った回復師がいた気がする。


 泣き叫ぶ中年男性は妻を必死に揺さぶった。

 何かが変だ。そう思いつつ、放っておくこともできずに声をかけた。


「…すみません、取り敢えず奥様をベッドまで連れて行きませんか。手伝いましょう」

「ううっ…なんでこんなことに…」


 私が奥方を背負って、部屋まで案内してもらうと、窓際にはやはり黒く変色した百合の花が花瓶に挿さっている。


(やはり…)


 思いつつ、ベッドに横たえた。


「…失礼ですが、この花は…?」

「ああ、妻は花が好きだから花瓶には常に花が挿さってるんだが…」

「この花は昨日、花売りの少女から買ったものではないですか?」

「さあ…。…いや、その恥ずかしい話だが、昨夜妻と喧嘩になってな…友人の家に泊まったんだ。今朝帰ってきたらこんな状態で…」


(なるほど、だからご主人は無事だったのだわ)


「私も何か手立てがないか探ってみます」

「しかし…見ず知らずの旅の人にそこまでして貰うのはなんだか気が引けるな」

「私の旅のメンバーも奥様と同じ。眠りから醒めないのです。そして、彼らの部屋の窓辺にはこの花と同じ花が飾られていた」

「え…?」

「ご主人にお願いがあるのですが、聞いていただけますか?」


 その人は生唾を飲み込んで、頷いた。

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