散髪
@niwatori_chicken
第1話
Hair Salonシヅカという理髪店は、大病院の隣に近頃建造した小さな個人店らしい。私の大学からの友人である次郎が、興奮気味に電話をかけてくるなり「体が軽くなったのが感覚できるほどに髪を大胆に切ってくれる。マッサージも随分気持ちがいい」などと言って来たから、かなり興味が湧いてきたのである。調べてみるとその理髪店というのは数日前にできたばかりの建物の三階にあって、しかし正確な店の場所まではインターネットの地図にも収録されていなかった。だがもう一つ調べて判明したのは、その店が大層な評判になっていることである。検索欄に「Hair Salonシヅカ」と入力すると、沢山のレビューがヒットしたのだが、皆口を揃えて「店主のマッサージの腕がいい」だとか、「軽くなった」だとか次郎と同じことを言っているのだ。それほどに良い店がこの街にもできたのかと、私は大変気になった。そして今日、実際に行ってみたのだ。
次郎から聞いた住所に向かうと、何やら大病院と郵便局との間に窮屈そうに細長いビルがあるのを発見した。実際にその建物の中に入ってみると、何やらシャンプーらしい香りが少々漂っていた。三階まで上がると、そこには緑色で木製のお洒落なドアが見えた。
店に入ると、ドアの内側上部にあった鈴が鳴った。店の内部は相当清潔である。鋏や櫛、刷子だけでなく床、鏡に至るまでが、塵一つなく丁寧に清掃されている。椅子や洗面台、箒に塵取りが綺麗に配置されていて良い印象がする。強い香りのするものが置いていないのもまた良い。
店主のシヅカさんが店の奥から顔を出した。シヅカさんはニコニコしながら私を席まで案内した。シヅカさんは若い女性で、マスクで顔が隠れているが、目元は上等のようである。その手は事前によく洗浄されていて、石鹸の香りがする。その色は、まるで血が通っているのか疑うほど白く、余程の潔癖持ちと見えた。
シヅカさんは棚からクロスとタオルを出して、それを私の首に巻いた。まずは洗髪である。首を後ろから倒すと、ガーゼが顔に被さった。丁度いい温度の温水が蛇口から出る。後ろ頭をシヅカさんの細い指がゴシゴシと洗う。マッサージの腕は今まで受けた中で一等良い。特に力加減が良い。確かに、噂に聞く通りの気持ち良さである。直に私は目を瞑って、純粋な心で頭皮を揉まれる時間を楽しんだ。
次に体を起こされた。散髪である。シヅカさんの腰のポケットから綺麗な銀色の鋏が出て来た。耳元で安全に、ショキショキと音を立てるのが又堪らない。櫛も静かに髪を梳くもので、私は直に寝てしまった。寝ながら肩などのマッサージも受けた。
「終わりました」という声に起こされて目を開けると、正面の鏡には、斬新になった私の髪型が映っていた。一部はバリカンで刈り上げられ、一部は短く切り揃えられていた。満足なヘアスタイルである。金を払って、釣り銭は要らないなどと格好良い事を言ってみた。
私は確かに、陽気な足取りで退店した。そして次郎に電話をして返した。
「体が軽くなったのが感覚できるほどに髪を大胆に切ってくれた。マッサージも随分気持ちが良かった。」
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