省エネモードの私たち
昼休みは椅子に座った姿勢のままで意識が飛んでしまう。空は飛びたいと子供の頃から願っているが、横にならずとも座ったままで意識が飛ぶのは我ながらに驚かされる。
屋外の北側にある秘密基地のベンチには、相変わらず誰もいなかった。
タンブラーのブラックコーヒーを飲めば、体の芯に温かさが沁み渡る。私はこんな寒い所で眠りに落ちていたのかと感心せずにはいられなかった。
ふとスニーカーの先に目を奪われた。
何かが付いている。
ゴミかと思って振り払おうとすれば、それはゴミではなく一匹の茶色いカメムシだった。
私はヤツらが嫌いだ。異臭を放つやり方は反則技としか思えない。臭い。見た目キモイ。生理的に受け付けない。
しかしヤツは無臭だった。不思議でならない。
今年のカメムシはTPOをわきまえられるように進化しているのかもしれない。視点をカメムシに変えたなら、それは退化だろう。
カメムシ嫌いな私はそいつにデコピンをした。
11時の方向へと勢いよくふっ飛んで行ったカメムシは、テレポーテーションしてしまったのかと驚いている様子で僅かに足踏みをした。おそらく自身の身に何が起きたのか皆目見当もつかないのだろう。
冷たい風が吹いている。
カメムシは羽を広げ、飛ぼうかどうかと迷っているようだ。けれども広げた羽をやっぱり閉じて、地の上でじっとしたまま動かない。
もしかすると羽を広げれば体が剥き出しになるから、この寒さの中で戸惑っているのかもしれない。
それは多分、朝の布団の中での葛藤と同じ類いのものだろう。布団を翻してベッドから降りたなら走り出す一日が始まる。あと5分……と言った心情、とてもよく分かる。
そういえば今シーズン彼らはあまり冬眠していないようだが、暖冬のせいだろうか。おかげで私は洗濯物の部屋干しばかりの生活を強いられている。
カメムシはアホだと思う。警戒心の欠片も無く、春だと勘違いして出てこればいきなり寒くなり戸惑わされる寸法だ。何度気候にドッキリを仕掛けられれば気が済むのだろうか。冬➝春➝冬➝春➝冬と行動をクルクル変えさせられたら疲れてしまうのも無理もない。
カメムシは今そこに留まることで体力を温存し、放屁も飛び出すタイミングも見計らっているのかもしれない。
暖かい陽の光が差した時、ようやくその羽を広げて飛ぶ決心をするのだろう。
つまり、今は省エネモードということだ。
私もそんな感じ。と、何となく共感してからスマホ画面を見る。
休憩時間終了の3分前。
私はベンチから重い腰を上げ、足早にその場を立ち去った。
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