いままでにうれしかったこと

ヤマシタ アキヒロ

第1話

  いままでにうれしかったこと



空港のロビーで本を読んでいたら、「これ見ててください」と言って、若い女性が、なぜか私を信用し、自分のトランクを預けてくれたこと。


家内の友人の家に遊びに行き、4才の男の子と戯れていると、「不思議ねぇ。この子は、大人の男の人はだいたい恐がるのに……」と母親に言われたこと。


小学生のころ、みんなに遅れて入塾した際、知らない子だらけの教室で、講師がいち早く私の名前を覚え、大きな声で呼んでくれたこと。


中学のころ、学業に専念するため、可愛がっていた秋田犬を他所の家にやったところ、何キロと離れたその家から、鎖を切って戻って来たこと。


多摩川の土手でギターの練習をしていた時、トレーニング中のアントニオ猪木さんが走って来て、私の横に腰を下ろし、ニッコリ笑ってくれたこと。


思春期の最も多感な時期に、周囲との齟齬に苦しんでいた私を、ジョン・レノンが「そのままでいいんだよ」と励ましてくれた(ような気がした)こと。


『ラーメン同好会』の面々が、一回りも二回りも年の離れた私を、何の分け隔てもなく、同志として、あるいは知識のある先輩として接してくれること。


息子が二十歳になり、一緒に富士山に登った際、遅れがちになる私を、黙って見守ってくれていたこと。


ささやかだが、こういったものを心の糧に、私は生きています。


                           (了)

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