第61話 水門小屋

 side山本先輩


「くぽっげえっ――」


「山本先輩大丈夫っすか?」


 く、くるしい……なにを吐いた……水? え? 何? なぜ水を吐いてるの?


「せ、聖一、くん?」


 すぐ目の前に聖一くんの顔があった。座っている聖一くんに、いわゆるお姫様抱っこされてる。


 ……よ、よかった。まだいつもの目の色だから大丈夫。


「はい。裏に行ったら黒服だらけで山本先輩がいなかったので探していて、二階に上がったら、非常口にいた山本先輩に飛びかかろうとしてた自衛隊がいたんです」


 嘘……まったく気づけなかったわ……。


「ソイツらを弾き飛ばしながら先輩を確保して川に飛び込んで逃げたんですけど……」


 じゃあ、あの衝撃は聖一くんが勢いのついたまま私を確保するために起きたことなのね……。


 ありがたいけど、もう少し手加減してほしかったわ……。


「そ、そう、聖一くん、助けてくれてありがと――痛……嘘、腕が……それに血が……」


「ちょっと乱暴に飛び出たんで、ぶつけたかもです」


 利き腕が折れてる……不格好だけど添え木をしてくれたのね。聖一くんにこんな気遣いができるなんて思わなかったわ。


 怪我の方は左肩ね。出血は酷いけど、骨折はしてないわね。


 血で真っ赤にそまった手を握ったり開いたりしてみるが、痛みはない。


「応急措置してくれてありがとう。ところでここは?」


 トイレ、のようだけど、どこかしら。


「ここは水門小屋にもぐり込める公園のトイレです。ここから街にも出れるんですけど、山本先輩の服が目立ちすぎるでしょ?」


 こんなことならドレスになんてするんじゃなかった。


「そうね……それより、追跡は大丈夫なの? ここ公園だっけ、すぐ見つかりそうだけど」


「あー、ドローンが追いかけて来てたけど、橋の下をくぐる時、潜水してふり切りましたよ」


「せ、潜水?」


「潜水で次の橋まで泳いぎました。ん~三分くらい潜ってたし、増水した濁った水だからバレてないはずです」


 さ、三分って……だからあんなに水を吐いたのね……よく死ななかったと自分を褒めてあげたいわ。


「だったら目標になる水門小屋に移動した方が良いわね、それと連絡ができればいんだけど……あっ、あった」


 胸元に入れてあった探索者使用のスマホ。衝撃や水程度では壊れることはないけど川に落としていなくて助かったわ。


 聖一くんが胸元を覗いてきたけどこれくらいはサービスね。それより電源は――やった。電源も大丈夫。だったらこれで――


「うん。救援信号を送ったわ。後はGPSで位置は分かるからすぐに迎えが来るはずよ」


「だったら、ここはいつ誰が来るか分からないし、水門小屋へ移動しましょう。山本先輩立てますか?」


 下ろしてもらったあと、聖一くんがトイレの一番奥の扉を壊して開けると、そこには階段があった。


 地下道ね。とりあえず――


「ちょっと待って」


 そういって開いていく扉を無事な左手で止める。


「どうしたんすか?」


「傷だけ洗っていきたいわ。本当なら消毒したいけど、なにもしないよりはマシでしょ?」


 蛇口は鍵が掛かっていたけど聖一くんが引きちぎり、無事に肩を洗えた。後でしっかり消毒しなきゃね。


「お待たせ。あ、地下道だけど灯りはあるの?」


「えっと、確かスイッチがこの辺りに……あった」


 備え付けの蛍光灯が階段を照らし視界がひらける。


 うん、問題なく進めそうね。


「行きましょうか」


「じゃあ俺が先に進みますね」


 歩くたびに折れた腕に痛みが走るけど、今は急がなきゃね。


 前を歩く聖一くん。今はまだまともだけど、時間があとどれくらい残っているのかしら……。


 聖一くんが暴走するまでになんとかかくりよを投与しないと私の身が危険だわ。


 投与直後も危ないけど、切れたときは男女見境なく遅い始めるから、ヘリに薬が乗せてあることを祈るだけね。




 sideレイ


 先頭の高橋さんに続いて、灯りの無い真っ暗な階段を前鬼さんが火の玉を浮かべ、足下を照らし下りて行く。


 上の踊り場に階段、通路用の証明スイッチがあったが、動作しなかった。おそらく水門小屋にあるブレーカーが落とされているんだろう。


 ユラユラと揺らめく火の玉に姿を表した足下の階段に残る痕跡。


 コンクリートを湿らせ濃いグレーになった二人分の足跡だ。まだ乾ききっていないから、そんなに時間は経っていないはず。


 階段を下りきると、今度は平行に続く通路だ。これは川と街を隔てる堤防の下をくぐる作りになっている。


 ババババババ――


「――っ! この音は……ヘリ!?」


 後少しで上り階段と言うところで、バババと通路にうるさい音が響いてきた。


 ヘリ? ヘリコプターか! だけど水門小屋があるところはヘリコプターが着陸できるような広さはなかったはず。


「急ぎましょう」


「着陸はできないはずだからまだ間に合います! 行きましょう!」


 階段を駆け上がるが出口は閉まっていた。歪んだ扉の隙間から外が見えるのに何か扉の前に置かれているのか、びくともしない。


「いました! くそ! 扉の前に何か置かれています! 今から戻って堤防を――」


「間に合いません! 聖一たち、あのロープに掴まって逃げる気ですよ! 任せてください!」


「レイくん頼む!」


「行きます! 身体強化! ダブル! 開け!」


 ダブルを唱え、おもいっきり蹴りを入れ――


 ドゴン!


 ――扉を蹴り飛ばした。

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