第59話 追跡

 路肩に停められたキャンピングカーから飛び降りると、シティーホールから黒煙が立ち上っているのが見えた。


「燃えてるのですよ!」


「くそっ前が見えないぞ! 人が多すぎる!」


 朝の通勤ラッシュを無視できる警察車輌に、元々ここに来ていたメディアのスタッフたち。後は通勤通学途中の野次馬が人垣を作ってしまっていた。


「困りましたね、ですが向こうもこの包囲から抜けるのに苦労するでしょうから、まだ諦めるには早いですよ」


 そうだ。これだけの人に囲まれていればそう簡単には脱げ出せないと思う。


 それにしても警備の人たちはなぜああも簡単にやられたんだ?


 高橋さんに聞くと今回のガードマンたちは最低でもCランク以上の者が揃えられていたという。


 Cランクとはいえ山本先輩は学生ランクのBランクだ。身体強化をして不意をついたとしてもプロのCランク複数人を圧倒できるかと言えば、無理がある。


 それに聖一の強さもそうだ。モニター越しだから断定はできないけど、俺の知る動きじゃなかった。


 格段に早く強くなっていると思う。だけどそんな時に横にいた高橋さんが叫んだ。


「何っ! 包囲を突破された!? どっちですか!」


 こっちは騒ぎが起きていないと言うことは、向こうか!?


 人垣越しに目線を左方面に向けるが、見えるはずがない。


 くそっ! なんとか止めようとしたけど俺たちがいるシティーホールの正面から見て左側にミクたちがいるんだぞ。


『お兄ちゃん、こんな時はふた手に分かれて挟み撃ちが普通なんだよ。ね、タマちゃん』


『うむ。確かにその通りじゃ。レイ、ミクのことは任せておけ。怪我ひとつさせずお主の元に戻すと誓おうぞ』


 ――と、送り出してしまった。


ホールの背後は高橋さんたちが固めているけど、そこは完全にどうなっているか検討も付かない。


 だけどタマちゃんに前鬼さん後鬼さんにエンちゃんが付いていて見逃すとは考えられないってことはホールの後ろから逃げたのか。


「分かった。グループを分けて各自追跡を頼む」


 通話が終わったのか、高橋さんは苦虫を噛み潰したように顔を歪め、話し出した。


「こちら側でもタマさん側でも、向こう側でもありません、川側から抜けたようです」


 ミクたちとぶつかってから逃げたんじゃなくてホッとしている俺がいる。


 そんなこと考えちゃ駄目だけど、タマちゃんたちと戦闘して逃げたとしたら、怪我、いや、それ以上考えたくもない状況まで頭に浮かんできていた。


「川? 一番無いと思ってたところからですよ。お舟でもあったのです?」


「いや、赤いドレスを着た山本凛を抱えたまま、飛び込んだそうです」


マジか……川は数日前の大雨で増水していたんだぞ? だからみんなも川沿いの道の両端だけを封鎖すれば大丈夫だと思っていたのに……。


「作戦ミスです。完全に逃亡ルートから可能性がほぼ無いと人員をそれほど置いてなかったことが悔やまれます」


「俺も川側は無いと思ってましたし。でも話の内容が聞こえたのですけど、追跡はしているのですよね?」


「はい。ドローンも使用して追跡中です。ですから今一度キャンピングカーへ戻り、ミクちゃんたちを拾って追いかけるか、行き先を突き止めてから移動するか、です」


どちらが確実か……どちらにしても、危険なのは聖一だ。あの強さはこの状況で野放しにしては駄目だ。


ダンジョンを出る前に聞いた、ここ一ヶ月で聖一の起こした事件。世間には聖一だとは公表していないが、あちこちで暴行障害、強姦に……殺人。


そして聖一を起こし、野に放った山本先輩。殺人教唆の罪が今日確定して逮捕状が降りた。


そこに高橋さんが三人の過去の殺人の証拠を御三家に突き付け、今回の退陣と聖一、佐藤先輩、山本先輩の罪を認めるの謝罪会見を開いた。


極秘で進めたから警察を通せなかったけど、今回の周辺警備は自衛隊の隊員も動員されていたのに山本先輩さえ身柄を拘束できなかったのは計算外だ。


「今は通勤ラッシュですが追いかけた方がいいと思います」


「そうだね。ならみんなキャンピングカーへ戻ろう」


今降りてきたキャンピングカーに戻り、発車してすぐにミクたちと合流、追跡が始まった。







『最悪な情報が入ってきました。今ドローンで追跡中の二人を見失いました』


え? どういうことだ?


『橋をくぐるところで見失ったもよう。ドローンを複数台増やし、橋の下も捜索させていますが、現状見つかっておりません』


「……いったいどこへ。引き続き捜索を続けてください。新しい情報は入り次第報告をお願いいたします」


『分かりました』


そこでスピーカーからの声が途絶えた。橋の下で消えた……。


「高橋さん。その橋ってどこですか?」


「場所は――」


モニターに映し出された橋は見覚えがある。小さい時ミクとよく遊んだ河川敷の公園があるところだ。


あそこには取って置きの隠れ場所がある。たぶん普通の大人じゃ見つけられない隠れ場所だ。


水門小屋。そこの水門は田んぼや畑に水を引き入れるためにある。だからその水門を開ければ……っ!


「高橋さん! その橋のたもとにある公園から、堤防を見つかることなく越えることができます! 聖一はその場所も知っていますから、そこから逃げた可能性があります!」


「何! 本当ですか! 聞いていましたよね! そちらに急いで下さい!」


『すぐは無理です。通勤ラッシュのため、時間がかかります。先に追跡班を向かわせます』


「なんじゃ、よくレイとミクにつれていかれた公園ではないか。そんなことなら任せるのじゃ。転移で一瞬じゃぞ」


「そうか! タマさんの転移がありましたね! 聞いていましたか、私たちは先に行きます。なるべく急いで車を回すように手配をお願いします」


「タマちゃんお願い!」


「準備はよいの! 行くぞ! 転移じゃ!」

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