第34話 油断の代償

「レイ行くぞ! クイーン! もったいぶりはせん! 最初から全力でやらせてもらうのじゃ! 変化!」


 キングとクイーンの向こう側で九尾の姿になったタマちゃんが見えた。本気の全力だ。俺だって――


「全力だ聖一! 行くぞ! 身体強化! ダブル!」


 まだほんの少し残っていた体の重量が無くなる感覚。動体視力も強化されているのか、動き出したタマちゃんがゆっくりに見えた。


 ぬるぬると動きだすキング。その巨木のような腕が振り上げられようとする前に終わらせる!


 ザシュッ!


 走り抜けながら右足のアキレス腱に向けて横なぎにワンハンドソードを一振。


 振り切ったあと、直角に方向を曲げ、左足へたった一歩、少し大股で飛ぶように進んで左足のアキレス腱も同じように一振で切り裂いた。


 体が軽い。それもあるが、切った手の感触が軽すぎる。まるで豆腐を包丁で切った感触より抵抗もなかった。


 これなら負けない! 聖一を止められる!


「よし! それなら――」


 着地と同時に一旦離れるため、元いた場所に向けてドンと石畳の床を蹴る。


 聖一の横を通りすぎる時には足の力が抜けたのか、膝が下がり始め、手を床につけた。


『ガギャアァアギィイイイイ!』


 痛みのためか、酷く顔を歪め、飛び退いていく俺を目で追いながら叫んだ。


「くっ、耳が、声、デカ過ぎだろ!」


 咆哮がホールに響き渡り、俺の叫んだ声は上書きされ自分でも聞き取りにくいくらいだった。


 耳を押さえ、止まり、振り返った場所は、俺がダブルを唱えた元の位置だ。


 ドスン! 痛みか怒りか、床をその大きな拳を握りしめ、殴る聖一。だが目はずっと俺をとらえている。


 怒っているよな。だけど、お前に負けたり、そのまま外に行かせるわけにはいかないんだ。


「聖一! もう終わりにしよう! 頼む!大人しくしてくれ! お前もその姿で外に出て人を殺してまわりたくないだろ!」


『ギガァアアアアアアア!』


 声をかけたが返事は咆哮だけで、聞いてくれたような感じはない。


 膝立ちになった聖一の向こう側でタマちゃんがクイーン、二葉の拘束がほぼ終わっているのがみえた。


「やるなタマちゃん。というかあっけ、なかった?」


「油断するでない! キングやクイーンともなれば底無しの体力で怪我など瞬く間に再生するのじゃ! じゃから再生が追い付かぬように攻撃し続けるのじゃ!」


 身体強化、ダブルをすでに解こうとしていたところにタマちゃんの言葉で踏みとどまる。


「わ、わかった! そうか、それなら!」


 拘束されながらもしぶとく体全体でバタンバタンと暴れまわる、クイーンの二葉を相手するタマちゃんから視線をキングに移して集中攻撃だ。


 ダブルは三十秒しかもたない。だが、まだ十秒は残っているはずだ。それに今ならもう一度ダブルも使えるはずだ。


 前に体重を移動させ、俺自身が倒れそうなほど前傾姿勢で聖一に向かって加速した、


 まわりが遅く感じるほど早く動けている。負けることなど絶対に無いと確信できるほどの速さだ。


 今度は止めないから凄く痛いだろうけど、覚悟しろ聖一!


 聖一の目線が俺から外れるほどの速さで一気に両手両ひざを着いた聖一のもとまでたどり着き、二の腕、ひざ裏、ひざ裏、二の腕と、ぐるりと一時計の逆に回りながら断ち切っていく。


 やっぱり敵じゃない。タマちゃん、心配しすぎだよ。


 あっけなさ過ぎてほんの少し気がゆるんだ瞬間、最初に切ったはずの左腕が、二周目しようとしていた俺の進路を塞ぐように迫っていた。


「しまっ――」


 ドゴン――


 なんとか防御のため腕をクロスして受け、バックステップでダメージを軽減することはできたが、完全にカウンターをもらってしまった。


「くぅっ――」


『グガァアアアアア!』


「レイ!」


 防御とともに後ろにバックステップで下がったため、そこまでダメージはなかったが加速している――


「グフッ――」


 ――ところに、切ったばかりの右腕が待っていた。


 当然、壁にぶち当たったかのような衝撃と、さらに迫り来る左手。


 ヤバ――


 バチン!


 拍手をするように、その手と手の間に挟まれた俺。バキバキグシャと、首から下が押し潰された音が骨を伝って耳に届く。


 叫び声もでない。出るのは内蔵が傷ついたからか、粘りけのある血。


 キングの左手にぶちまけられたそれは、緑色の指を真っ赤に染めているのが目に入いってきた。


 やってしまった。全力だとか言いながら、油断していた。ダブルで強化された時の最強感。まわりがゆっくりに見え、動く速度もキングの敵ではなかったから。


 本当ならアキレス腱を切ったあと、間を空けずに攻撃を続けておくべきだったんだ。


 それがなんだ。余裕を見せて、仕切り直しにもといた場所まで戻り、大人しくしろとか言葉をかけるなんて、どれだけゴブリンキングになった聖一を下に見ていたんだよ。


 聖一は俺を逃がさないように指を組み、俺を包み込んで体を起こし、膝立ちになる。


 ニチャリと歪む口が開かれた。


 食われる、のか……。




 ごめんタマちゃん。油断するなと言ってくれたのに。



 ごめんシオン。ずっと一緒にいようと仲間になってくれたのに。



 ごめんお姉さん。まだ名前もちゃんと聞いてないのに。



 ごめん三久。今朝の『行ってきます』が最後の言葉になっちゃった。




 ああ、目が、かすんできた、よ、これが、死ぬっ、て、こと……


「レイ! 諦めるでない! キング! その手を離すのじゃ! さもなくばその腕切り落としてくれる!」


 諦める、な……でも、もう――


 圧迫感がゆるみ、重力に引かれ落下していくのがわかった。このまま落ちればたぶん意識が飛ぶ。衝撃で意識を失えば回復のために……回復のために? ……回復――


 薄れそうな意識の中で、タマちゃんが聖一の手首を切り落とした姿が見えた。


 そうだ、……身体回復だ。


 ドスン――


 落下の衝撃で意識が飛びかけたが、手首から先の無い腕でタマちゃんに殴りかかる聖一が見える。


「ぬおっ! しぶといヤツなのじゃ! 大人しくしておれ!」


 なんとか攻撃を避け、反撃しようとするが、早さでは聖一より一段と早い。が、その連続で繰り出される攻撃をさばくだけで精一杯に見える。


 タマちゃんが聖一を相手してくれている間に体を治さなきゃ。


 身体回復――


 お願い。全部の魔力を全部使いきっても――もう、なにも失いたくないんだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る